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RANDOM MUSICランダムおすすめ楽曲から音楽をみつける

  • 生きていたんだよな

    あいみょん

    あいみょんは、影のある少年のような声をしている。あいみょんの最大の個性は、ハイパフォーマンスなこの声にある。尖った強いエゴや、その奥で守られている心の震えを、言葉を乗せずとも伝えてしまう蒼い声だ。 アコースティックギターのストロークよりもスピーディーに畳み掛けるメロディは、声の次に独特だ。野狐禅の竹原ピストルに似ていると指摘されているが正しいと思う。フォークの流儀だ。声質も相まってすこぶる気

  • SUSHI食べたい feat. ソイソース

    ORANGE RANGE

    ORANGE RANGEは若い。 2017年現在メンバーはまだ30代前半。 いいなあ、楽しそうだなあ。 Twitterのノリが中学生だもん。 HIROKIのアイコンはチワワだ。 自己紹介の文章は「日々、透明人間になれるよう猛特訓の日々。」 NAOTOの位置情報は「naotohiroyamanaotohiroyama」で、自己紹介は「naotohiroyamanaotohiroy

  • 恐怖の大王

    人間椅子

    「日本語ロック」という言葉がある。 はっぴいえんどが開拓を進め、サザンオールスターズ、RCサクセション、ブルーハーツが各々の方法論で完成させたソレだ。 その言葉はいまでは廃れ、代わりに若い音楽ファンに親しまれているのは「邦楽ロック」だ。 日本でロックをやること。かつては、それ自体が事件であり挑戦だった。 いまはどうか。幸福なことに日本でロックは可能であることが証明されたと思う。それ

  • 猫とアレルギー

    きのこ帝国

    猫である。そしてきのこである。テレキャスである。 ある種の人間はそれだけで何かに気づく。 あ、これ好きなヤツだ。と。 中堅監督が駆け出しの頃、地味な俳優陣と低予算なロケでとったモノローグの多い邦画。 きのこ帝国の持つ叙情性と、それへの親近感を言葉にするとき私はそれを思い浮かべた。 『猫とアレルギー』は、理性的でしっとりとしたロックバラードだ。 Aメロからいい具合に抑揚がきいたメ

  • 恋をしたのは

    aiko

    aikoはメロディとコードが面白い。 それはよく言われていることだ。 『恋をしたのは』はコンセプチュアルなロングトーンや、イレギュラーな展開を取り入れた曲だ。一度きりの大サビのために、aikoは確信犯的に楽曲をセーブしている。遊んでいるなあと思う。曲で。とても実験的な曲だが、それをポップスとして組み立てる接着剤になっているのは、変幻自在なコード感とそれに溶け込んだメロディだ。aikoのメロ

  • SUN

    星野 源

    オザケン?ホーンセクションを使いこなし、ロックのパッションでエンターテイメントに仕上げる塩顔の文化人。ケレン味への美学も共通点。しかし、そのキャリアは長く、芸風はあのオザケンよりも幅広いようだ。 するっと入ってくるポップスなのに、そのまますり抜けていかず残っている。ゴリゴリのベースや、隠し味のノイズ、ボトムの強いリズム、良い男声、もしかしたらアートなMVも一役買っているかもしれない。ちゃんと

  • ニューロマンサー

    おやすみホログラム

    ウィリアム・ギブスン! 近代的なダンスビートと、キッチュなメロディラインは、そのタイトルに相応しいSF的高揚感に満ちている。 "ありふれた感情の墓場って 全くこんな感じだって" クールに怪しく激走するイントロからのハスキーな歌い出しがむちゃくちゃ格好良い。 ワンコーラス終わった後、自由に展開しはじめる主旋律も、曲の混沌を深め、いい具合にリスナーを迷わせる。 工場?を舞台に撮

RANDOM REVIEWランダムレビューから音楽をみつける

  • aikoはメロディとコードが面白い。
    それはよく言われていることだ。

    『恋をしたのは』はコンセプチュアルなロングトーンや、イレギュラーな展開を取り入れた曲だ。一度きりの大サビのために、aikoは確信犯的に楽曲をセーブしている。遊んでいるなあと思う。曲で。とても実験的な曲だが、それをポップスとして組み立てる接着剤になっているのは、変幻自在なコード感とそれに溶け込んだメロディだ。aikoのメロディを成り立たせているのは自由なコード進行である。違和感と納得感の狭間にあるコード感。リスナーの耳を違和感で引っ掛けつつ、強引に納得感に持っていくコード進行。

    『カブトムシ』には驚いた。


    "生涯忘れることはないでしょう"


    ご存知、サビの最後のキメのフレーズだ。
    その頭のコードがAmになっている。曲のキーはD#だ。なんということだろう。曲の最大のピークになる決め所で、曲中最も違和感のあるコードを使っている。これはとても勇気のいることである。そこからAm→G#6→Gm7→F#6→Fm7と、ベースラインがきっかり半音刻みで下降する。
    わかりやすく半音下げてみる。キーはD。すると、G#m→G6→F#m7→F6→Em7だ。
    G#mはDに対するドミナントマイナー(5度)をさらに半音♭(フラット)している。これが和声学的にどう命名されているか調べたがわからなかった。ご存じの方がいれば教えて欲しい。明らかなのは、彼女はかなり尖った、コードの使い手だということだ。

    『恋をしたのは』は『カブトムシ』ほどではないが、やはり、きっかり半音刻みのルート下降が使われている。aikoはキーボードで作曲する。推測だが鍵盤でコードをつくっていくとこういうことが自然におこりやすいのだと思う。ギターではこうはならない。あるコードから連なる次のコードを選ぶとき、身体的に楽な形がギターと鍵盤では違っているからだ。半音の動きが効き、ストイックでジャジーなAメロが良い。AikoのAメロはこのパターンが多く、ためのあるギターのカッティングがさり気なく効果的に使われているところも好きなところだ。


    aikoの優れたコード感には、鍵盤というアーキテクチャや本人の音楽的素養がもちろん起因するが、注目したいのが歌詞先行で曲作りをするという点だ。歌詞が先に出来上がれば当然曲作りには制限が生まれる。その制限とaikoの強引かつ自在なコード感はとても相性が良いように感じる。譜割りの制限とそれを強引に完成に持っていくコードが相互作用をおこし、魅力的なメロディとなって産み落とされる。良いサイクルが無自覚に成立しているのだと思う。平板かつスモーキーで甘いボーカルも良い塩梅で曲の凹凸を均していることも指摘しておきたい。

    その意味では、aikoが歌詞を重視することがなにより作曲家としてのaikoを活かしていると言える。aikoのアイデンティティと言える「恋愛」というテーマも然りだ。穿った見方をすれば、aikoの恋が落ち着きを見せ、歌詞ではなく曲先行でイマジネーションが生まれるとき、そこにはひどく無難で冒険の無いメロディがある可能性だって無きにしもあらず。aikoにとって自身のプライベートの恋愛それ自体と、それを歌詞としてアウトプットすることが最大の関心事である限り、私たちは彼女のメロディを聴ける。aikoが生粋の恋愛体質であることは、aikoのメロディのクリエイティビティを高めるために備わった、まさに天賦の才能と言えるだろう。あえて、歌詞それ自体の分析は他に譲りたい。
    『恋愛体質は音楽の才能』 を詳しく ≫
  • あいみょんは、影のある少年のような声をしている。あいみょんの最大の個性は、ハイパフォーマンスなこの声にある。尖った強いエゴや、その奥で守られている心の震えを、言葉を乗せずとも伝えてしまう蒼い声だ。

    アコースティックギターのストロークよりもスピーディーに畳み掛けるメロディは、声の次に独特だ。野狐禅の竹原ピストルに似ていると指摘されているが正しいと思う。フォークの流儀だ。声質も相まってすこぶる気迫がある。聴き流せない怖さがある。アコギ弾き語りというと、一発目でピースフルで爽やかだという偏見を持たれるものだ。戦犯はゆずでも、YUIでも、miwaでも、街中のストリートミュージシャンでも良い。何れにせよあいみょんは、まず第一にそういうものに妥協せず抗っていこうというイノセントなパンクスピリットを感じる。

    歌詞だ。声とメロディはあいみょんの武器だが、あいみょんを表現へと駆り立てる原動力になると同時に、最大のアイデンティティとして機能しているのはやはり歌詞である。

    メジャーデビューシングル『生きていたんだよな』は、曲名からしておっかない。放り投げた語尾が乱暴な男のようだ。歌詞のストーリーはこうだ。



    飛び降りて亡くなった女子高生がいる。そのニュースを消費するネット、テレビ、大人たち。女子高生に共感する自分は泣いている。やりきれない思いを抱きながら一日が暮れていく......。



    正しい十代のうた。ふと浮かんだ言葉はそれだった。ヘビーな単語も並んでいるので、詳細は聴いてみてほしい。リアリズムで尚且つフィクショナルな世界観は、彼女の口紅の色のように強く濃く主張されている。この曲に結論はない。生きていたんだよなという事実とそうではなくなってしまったという事実に主体は混乱させられたままだ。それは作詞家に必要とされる真摯な姿勢である。主語を使用していないために客観性が保たれ、より冷徹でハードな批評性が宿っている。

    『生きていたんだよな』には憤りがある。歌に宿るメッセージや社会性は、憤りから生まれるものなのか。と、この曲を聴いて腑に落ちた自分がいる。憤りは歳をとれば失われる。失われなければならないのだ。社会で人と繋がって生きていくためには。

    だからこれは正しい十代のうただ。いつか手放さなければならない憤りだが、その本質はエネルギーだ。それを燃やすことで私たちはまた次のティーンネイジャーになにかを繋いでいく。
    『正しい十代のうた』 を詳しく ≫
  • 鈴木美早子は侮れない。
    明るく愛嬌があって、媚びないけど隙があって壁がない。
    ロックバンドの紅一点として、バンドを壊さないままメンバーをモチベートし躍進させるために生まれてきたかのような女性だと思う。

    その意味ではみさこは本質的にアイドルではないかもしれない。
    アイドルは一般的に、媚びるけど、隙がなくて、壁があるからだ。

    そのみさこがバンドじゃないもん!をはじめたとき、私はまた彼女のことがわからなくなった。出来過ぎのような紅一点の適正は、天性のものではなく、コントロールする余地のあるものだったのか。ひとまず結論付けた、私にとってのみさこのキャラクターは、まだまだ洞察の足りないものだった。

    鈴姫みさこは侮れない。
    バンドじゃないもん!は、ひょっとしたら、ゲスの極み乙女よりもよっぽどゲスなサブプロジェクトかもしれない、と今になって思っている。もちろんこれは褒め言葉だ。


    『しゅっとこどっこい』を聴いた印象をひとことで言うと、全盛期のモーニング娘。だった。
    共通して描かれているのは、ハチャメチャ感だ。ハチャメチャ感は、スムーズさを意図的に無視した落差のある曲展開や、過剰なセリフ、合いの手、シュールな単語のリフレインなどにある。ハチャメチャ感を演出する理由は、ひとえにハッピーなテンションそのものが曲のメッセージであるからだ。

    モーニング娘。は二十世紀から二十一世紀への結節点での、トップアイドルだった。
    『恋愛レボリューション21』にハチャメチャ感は顕著である。不景気と言われながら日本中がそれを楽観視していた時代の空気を忠実に掬い上げている。ハッピーなテンションが最大級であることを表現するためにつんく♂は、歌詞でハジけるだけでなく、サウンドと歌唱を過剰に、ハチャメチャにした。それはまさに時代との真っ向勝負であり、結果としてつんく♂はアイドル天下統一時代を築き上げた。

    他方、いまはアイドル戦国時代と言われ、アイドルたちの楽曲も多様化を極めている。そんな中、『しゅっとこどっこい』に代表されるバンもん!のハチャメチャ感に、私はオールディーズへの憧憬にも似た懐かしさを感じた。唐突に挿入されるラップ、曲名を連呼するだけのリフ、ランドセルのようにツルピカなディストーションギター、PVの最後にお決まりのように挿入されるディレクターの「カット!」という声などに、久しく見なかったセンスを感じた。21世紀が真新しかった頃のそれだ。

    そのような作風になった要因として挙げられるのが、みさこやメンバー、作曲者であるゆよゆっぺが、モーニング娘。の時代に育った世代であること、そしてバンドじゃないもん!がベタなアイドルではなく、アイドルそのものへのパロディ的メタ視点を抱えたアーティストであるということである。

    例えば、バンもん公式のメンバープロフィールは過剰なアイドルっぽさで溢れている。
    みさこの公式な年齢は「精神年齢13歳」であり、血液型は「黒足アヒル型」。望月みゆの年齢は「1こした」、大桃子サンライズの出身地は「プレアデス星団」だ。

    モーニング娘。の全盛期と同時代、小倉優子というアイドルが、こりん星からきたというキャラ設定で活躍していた。それがユーモアであると受け入れられつつも、ときに本人が窮屈さを感じているように見えたのとは対象的な軽やかさと余裕がバンもんにはある。バンもんにとってアイドルは、自分自身であると同時にパロディの対象でもあるからだ。

    そう考えるとやはり、鈴木美早子は侮れない。
    媚びないのか媚びるのか分からないし、隙があるのかないのかも分からない、壁がないのかあるのかもわからない。ただ明るく愛嬌があることは確かである。ひょっとしたらそれこそが音楽で人を楽しませるための決定的な才能なのだろうか。
    彼女が、天才的な紅一点という私の断定に収まらずにいてしまったことが恐ろしく、悔しく、しかしそれは必然だったのだろう。考えてみれば鈴木美早子その人自身がミクストメディアを地で行っていたのである。
    『鈴姫みさこは侮れない。』 を詳しく ≫
  • なんでこんなに顔がかっこいいのか、という疑問に対して誰も何も答えてくれないバンドナンバーワン。

    曲もかっこいい。電子ビートとフェイザー?感のある揺らしたボーカルによる淡々とした始まりからして、新参者のパブリックイメージの外側から攻めてくる。この感触はどこから引っ張ってきたアイデアなのか。ボーカルの録音とミックスが良いだけなのか。

    ドラマティックなサビで泣かせるまでに至らず、すぐAメロに戻る。音数少ない16ビートが続く。ニクい。Cメロ、間奏、転調、こってりしないディストーションギター。ニクい。顔は美メロだが、ノイジーで、決して安易な媚びを感じさせない。ズバッと終わる。やりたいことをやっている。甘さ控えめ。何から何までニクい。人気あるだろうなあ、勘弁してほしいなあ、このバンド。
    『なんでこんなに顔がかっこいいのか』 を詳しく ≫

NEW MUSIC最新のおすすめ楽曲から音楽をみつける

  • RE-FAURÉ

    Jessica × Mizuha Nakagawa × Prefuse73

    クラシック音楽を聴きたい人はたくさんいると思う。 いや、大人なら誰もが一度は「聴こうとした」ことがあると思う。 クラシック音楽は、格好良い。 尊敬される、良質な趣味だ。 日常生活に、クラシック音楽がある。不思議なことにただそれだけで、その日から人生が豊かになってくれそうな気がしてくる。 果たして。 そのようにしてクラシック音楽に触手を伸ばした彼らはその後どうなったか。 Y

  • ニューゲームがはじまる

    水野智広

    幸せの絶頂にいるときに聴きたい音楽がある。悲しみのどん底にいるときに救ってくれる音楽がある。穏やかで安定した毎日だから愛聴できる音楽がある。水野智広の音楽はそのどれでもない。 ひとつキーワードを選ぶとしたら、「不安」だ。 水野智広の音楽は日常の不安を解毒する作用を持つ。どういうことだろうか。 それを明らかにするためにはまず、彼の楽曲に随所に見られるホラー要素について考えてみる必要がある。

  • 恋人ができたんだ

    My Hair is Bad

    若々しい。イマドキの若者感、イマドキの恋愛感をどストレートに感じ取れる曲だ。 大衆文化は世相を反映する。とくに音楽はそうだ。 では、どんな大衆音楽が、世相を感じ取るのに向いている音楽なのだろうか。 メッセージ性のある社会派ロックだろうか。海外の最先端を捉えたヒップホップだろうか。インテリジェンスのあるシティポップだろうか。DIYなインディーパンクだろうか。 私は、若者が書いたラブソ

  • ハイエース

    フラワーカンパニーズ

    フラカンといえば『深夜高速』。言葉の響きも格好良いし、夢、青春、音楽、自分のやりたいことを追求し、 "いやらしさも汚らしさも むきだしにして走っていく(ブルーハーツ)" ことの決意・道程を描いた歌詞は、青春の渦中にいる若者にも青春を終えた中年にも刺さる普遍性を持っている。日本のロックのスタンダード・ナンバーに数えられる名曲だと思う。 私が『深夜高速』を知ったのは10年以上前だった

  • カガミヨカガミ

    トライアンパサンディ

    ヘビーでポップでオルタナティヴ。曲が良い。トライアンパサンディの楽曲は粒ぞろいだ。それもそのはず、ボーカルのG-YUNcoSANDYは、GOLLBETTYとしてトイズファクトリーから若くしてメジャーデビューしている。 トライアンパサンディは、巷によくある、かわいくて格好良いバンドではないようだ。『カガミヨカガミ』での出だしのビターな歌メロのリフレイン、主張しすぎないギターリフ、声へのエフェク

  • サニー

    黒猫チェルシー

    美しい女の子は正義だが、美しい男の子も正義だ。 コアな音楽性を気取るわりにいつだって洒脱な佇まいでいる彼らがあまり好きではなかったが、久しぶりに聴いてみればなんとも美しい若者たちだった。 その初期はどうも、出来杉君のようで気に入らなかった。ハタチにもならず映画デビューした渡辺大知。メンバー皆十代なのに、バンドの音楽性は、INUやスターリンに影響を受けたと言われている硬派なガレージパンク

  • あの娘のギターはタイムマシン

    円盤少女

    円盤少女の和田純次はめっちゃ良いメロディを書く。 ただただ良いメロディを書く。 それ以上でもそれ以下でもない。良いメロディを書く。 これ。きっとまだ世の中のほとんどの人は知らないと思うんだけど、私は声を大にして言いたい。この人の書くメロディは良い。 明るく切ない、日本の歌謡曲の正道を行く美しいメロディだ。 とてもベタで王道だ。 でも決して安易ではない。 あーあ。ってなりそ

NEW REVIEW最新レビューから音楽をみつける

  • クラシック音楽を聴きたい人はたくさんいると思う。
    いや、大人なら誰もが一度は「聴こうとした」ことがあると思う。

    クラシック音楽は、格好良い。
    尊敬される、良質な趣味だ。
    日常生活に、クラシック音楽がある。不思議なことにただそれだけで、その日から人生が豊かになってくれそうな気がしてくる。

    果たして。
    そのようにしてクラシック音楽に触手を伸ばした彼らはその後どうなったか。

    YouTube、TSUTAYA、タワーレコード。
    ベートーヴェン、モーツァルト、ショパン。
    知っている名前をつかって、馴染みの場所でそれを探して、音源に辿り着く。きっと彼らは感動したはずだ。

    やっぱり、クラシック音楽は良い。

    自分はクラシック音楽を好きになれる。

    自分はクラシック音楽の良さを理解できる……。


    さて、さらにその後は、いかがだろうか。
    私の周りを見渡した限り、そして私自身を振り返った限りにおいて、ほんとうの意味でクラシック音楽を趣味として確立できている人は見当たらない。少しばかり詳しくなって、それきりだ。

    面白いことに、音楽それ自体にどれだけハマっていたかは問題にならない。私のように、創作側に片足を突っ込んで人生を棒に振った輩から、ポップスすら聴かない真っさらな状態でクラシックにチャレンジした人まで。みな同じようにして、クラシックに接近し、そして無かったことにしていった。


    さて、そんな問題に意識的にアプローチしただけでも、good umbrella recordのRE-CLASSIC STUDIESは値千金である。私たちはクラシック音楽を聴きたい。クラシック音楽は私たちに聴かれたい。相思相愛にも関わらず引き裂かれた両者を繋ぐことを、このプロジェクトは目的としている。

    RE-FAURÉではまず、パッケージングの妙を聴いてほしい。
    全40分の音源に、Prefuse73(スコット・ヘレン)による7つのInterlude(幕間)が含まれている。ピアノと歌で再現された13のガブリエル・フォーレの歌曲の間に、適宜、Interludeが挟まるのだ。それがなんとも心強い安心感と、興味をそそるストーリーを与えてくれる。


    ベストアルバムではなくオリジナルアルバムを聴いてこそ、そのアーティストを知れる理由があるとすれば、そこにパッケージングがあるからだ。パッケージングにはアーティストの文脈が顕れる。文脈への理解と、文脈に身を委ねる安心感が、音楽への愛着を強化し私たちを音楽に没入させる。クラシック音楽の敷居が高くなってしまった背景には、クラシック音楽の持つ文脈が、他の音楽に比べて見えづらいことがある。だから、愛着が持続しないのだ。

    Prefuse73の功績だけではない。RE-CLASSIC STUDIESと銘打ったこと自体にも、強い文脈を宿らせる力がある。コンセプトを打ち出し、シリーズをつくったことで、クラシック音楽にトライするときの拠り所の無さが解消されていることに私は気づく。


    楽曲の再評価はそれこそ音源を聴くに任せておこう。
    RE-FAURÉでは、Jessicaのボーカルも良かった。良い意味で気安く、カジュアル。若々しく無垢な声。大作家を歌いこなそうという気負いをあまり感じさせず、だから古典に寄り添いすぎず、成熟しすぎず、瑞々しい現代の音楽になっている。中川瑞葉のピアノはとびきりメロディックだ。流麗だったり軽快だったりする前半から、聴き進むにつれ次第に陰影が強くなっていく後半への流れは、主張を増していくPrefuse73のInterludeとともに、中川瑞葉の熱量が大役を果たしている。

    それにしてもRE-CLASSIC STUDIESは、何もかもが易きに流れるいまの世の中にしては、随分と足腰の強さを感じるプロジェクトだ。WEBページには次のような惹句がある。


    "モーツァルトも、ドビュッシーも、フォーレも、(ビートルズやレディオヘッドのように)素晴らしいメロディーメーカーであり、「ソングライター」です。"WEBページより)


    まったく素晴らしい惹句だ。クラシックもロックもジャズも、どれが良いわけでもないのだ。分断された世界を、再解釈で繋ぐ、真の意味で実験的で批評的なこのプロジェクトを楽しみたい。
    『クラシック音楽は私たちに聴かれたい』 を詳しく ≫
  • 幸せの絶頂にいるときに聴きたい音楽がある。悲しみのどん底にいるときに救ってくれる音楽がある。穏やかで安定した毎日だから愛聴できる音楽がある。水野智広の音楽はそのどれでもない。

    ひとつキーワードを選ぶとしたら、「不安」だ。
    水野智広の音楽は日常の不安を解毒する作用を持つ。どういうことだろうか。
    それを明らかにするためにはまず、彼の楽曲に随所に見られるホラー要素について考えてみる必要がある。


    ホラー小説、ホラー映画。ホラーは人々に恐怖をあたえるジャンルだ。

    恐怖は原始的な感情だ。かつて世界は恐怖に満ちていた。自然災害、獣、暗闇、大海、炎、死、死者、未知数の共同体、敵対する部族、民族。生命の脅威に怯えるとき、人々は恐怖を感じる。

    病気や交通事故などを除いて、生命の脅威がほとんど取り払われたユートピアのような現代社会で、私たちは恐怖以外の些細なものに囚われて生きている。エンターテイメントとしてのホラーは、偉大なる恐怖という感情を利用して、恐怖以外の些細なものごとから私たちを解き放ち、カタルシスを与える力を持っている。

    恐怖以外の些細なものごと。それらは、不安という形で私たちに巣食っている。どう転んでも死にはしないものごとに囚われて、私たちは不安とともに生きている。

    水野智広の音楽が不安を解毒する理由は、現実世界に付きまとう即物的な不安とはまるで異質な、ヒヤッとした社会の裏側をつきつけてくることによる。彼の曲の中ではやすやすと人が死んでしまうが、それをシュールなギャグだと笑い飛ばしてしまうのはちがう。彼の曲には、そうやって笑い飛ばしてしまう自分自身を冷ややかに見ている視線が存在する。
    見えている世界が、一瞬だけネガを反転させて、やがてもとに戻る。戻ってきたときに私たちにはネガの残像が強く焼き付いている。その残像で、目の前に在る当たり前の世界が少しだけ嘘くさく見える。そこに、ホラー短編の読後のような非日常感と、カタルシスがある。そしてその余韻の中でふと気づく。私たちの日常生活に巣食っていた不安たちがそのときとても小さくなっていることに。なぜなら、ネガの反転した世界の恐ろしさが、よほど強烈な印象を残しているからだ。



    音楽的には、メロディ、リフ共に、ひとつの印象的なアイデアだけで一曲を貫き通すことが多く、少し物足りないくらいの小品に仕上げている。短いのに、いや短いからこそ、曲が終わった後に変な余韻を残している。そのあたりも短編小説の趣きだ。抽象度は高いが上述のようにばりばりコンセプチュアルな歌詞世界と曲調がリンクし、オリジナリティは抜群だ。

    音楽にドラマティックな感情の高ぶりを求める癖がついていると、それとは全く異質のベクトルに戸惑うかもしれない。しかし、日常に振り回されていることの小ささを感じてしまうほどの、もっとおおきなものへの畏怖を彼の曲は呼び覚ましてくれる。それは図らずしも、古来からあらゆる芸術の根幹に必要とされてきたものである。
    『反転したネガの残像』 を詳しく ≫
  • 若々しい。イマドキの若者感、イマドキの恋愛感をどストレートに感じ取れる曲だ。

    大衆文化は世相を反映する。とくに音楽はそうだ。
    では、どんな大衆音楽が、世相を感じ取るのに向いている音楽なのだろうか。
    メッセージ性のある社会派ロックだろうか。海外の最先端を捉えたヒップホップだろうか。インテリジェンスのあるシティポップだろうか。DIYなインディーパンクだろうか。

    私は、若者が書いたラブソングだと思う。
    恋愛は普遍的だ。
    だからこそ、その切り取り方に時代が見え隠れする。


    例えばSHISHAMOの『君と夏フェス』。夏フェスが社交の場として定着した今だからこそ歌になるラブソングだ。昔ならそれはビーチだったかもしれないし、映画館だったかもしれないし、ディスコだったかもしれない。


    My Hair is Badの『恋人ができたんだ』は、男性目線の歌だ。
    新しい恋人ができたことで、以前の恋人を思い出す歌。

    いかにも女々しく、色恋が世界のすべてでいられる年頃の青臭さを感じる。
    私自身が個人的に共感できるかと言えば、正直Noだ。
    大人の男になってしまった青年はもう、過去の恋愛をこれほどまでにウェットに振り返れない。美化こそすれど。

    過去に対してウェットになれるのは若者の特権だ。それは、過去を感傷の対象ではなく、情熱の対象として見ることができている証拠である。なぜそれができるかと言えば、若者はそもそも抱えている過去の絶対量が少なく(故に過去自体に神秘性があり)、その上過去といえども精々、二三年前程度のものだからだ。

    『恋人ができたんだ』において同時代性を感じるために、もうひとつのポイントに着目する。別れた後の恋人、という概念の新しい解釈だ。

    いまの若者の恋愛の主戦場は間違いなく、LINE、Twitter、Instagram、FaceBookなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)である。SNSの本質はアーカイブ性と、公共性だ。結論から言えば、別れた恋人と連絡をとろうとしなくても、SNSを覗けば、元カレ・元カノのその後が見えてしまう。

    SNSは恋愛に新しい観点を持ち込む。自分を振った元カレがまだ自分をフォローしているのを知った上で、あえて落ち込んで見せることもあるだろう。逆に、他の男なんていくらでもいることを見てほしくて、遊んでいることを匂わせた写真をいつも以上にアップロードするかもしれない。切り替えたことを知ってほしくて、アイコンを変えることもあるだろう。シェアした音楽を深読みしてしまうかもしれない。沈黙することすらひとつのメッセージになってしまう。

    SNSは、別れた後の恋人たちをアーカイブし続けることで、恋愛に対して新しい角度でスポットライトを当ててしまった。『恋人ができたんだ』はこの時代に生まれた、そんな新しい恋愛の機微を切り取った、同時代性のあるラブソングである。

    この歌が椎木知仁の実体験にもとづいているかどうかは分からない。いやおそらくそうではないだろう。なぜならあまりにリアルだからだ。

    リアルで写実的な描写を持ち込んだ理由は、生活感を持ち込みたかったからだ。別れた恋人を想う歌、という平凡なテーマを、現代の若者の当たり前の生活感で描けば、それが新奇性のあるラブソングになる。椎木知仁はそんな風にして、平凡なテーマを新しいラブソングに仕上げるソングライターなのだと思う。
    『SNS時代のラブソング』 を詳しく ≫
  • フラカンといえば『深夜高速』。言葉の響きも格好良いし、夢、青春、音楽、自分のやりたいことを追求し、

    "いやらしさも汚らしさも むきだしにして走っていく(ブルーハーツ)"

    ことの決意・道程を描いた歌詞は、青春の渦中にいる若者にも青春を終えた中年にも刺さる普遍性を持っている。日本のロックのスタンダード・ナンバーに数えられる名曲だと思う。

    私が『深夜高速』を知ったのは10年以上前だった。当時からこの曲には特別な存在感があったが、人気はその後も加速し、遂にはこの曲のみで構成されたトリビュートアルバムがリリースされるまでに至った。スターダムにのし上がったことはなくても、確固たる人気をキープしていたフラカンだが、ここにきて新しい波がきていた。そのピークはデビュー20年にして初の武道館ワンマン公演だ。

    曲を聴く前から、『ハイエース』が『深夜高速』の系譜にあることはわかった。フラワーカンパニーズのメンバーはハイエースに乗って真昼の高速も深夜の高速も走り抜け、日本全国を旅したのだろう。ひとつの車にメンバーやスタッフが乗り、永遠とも言える、楽しく、退屈な時間を過ごしたのだろう。そんな自分たちのやってきたことを、振り返り、自嘲しながらも、間違っていなかったと、これからもそうしていくのだと、再確認する決意の歌だ。つまり『ハイエース』の主人公はフラワーカンパニーズだ。

    正解。歌詞世界の面で、私の予想は一ミリもずれていなかった。いつから聴いてると思ってるんだ。楽曲面では二点、良い意味で裏切られた。鮮やかなテンポチェンジが大胆で格好良かったことと、竹安のぎこちない掛け声だ。

    それにしても、この自分の物語を歌う『深夜高速』『ハイエース』の系譜。フラカンを解き明かす上で、もっとピックアップされるべきだと思う。この傾向は最近とくに色濃くなっている。『消えぞこない』も同じタイプだ。

    これらの楽曲は、フラワーカンパニーズというバンドのキャラクターやストーリーを知っていることで真に響いてくる。歌っている鈴木圭介を見て、歌詞を書いたときの彼の思いを探し出す。長年のファンはそうやって歌とバンドを紡ぎ合わせて、より強固な唯一無二のリスニング体験を仕立てていく。どのバンドでも少なからずあることだが、フラワーカンパニーズの場合、その回帰的とも言えるストーリーテリングが彼らのロックの核でさえあると捉えて良いと私は思う。回帰系ロックとでも呼ぼうか。

    こうなってくると、キャリアを積めば積むほど参照されるバンドの物語が強化され、新曲の重みが増していく。

    近年は、"メンバーチェンジなし!活動休止なし!ヒット曲なし!"と堂々と謳い、なんとも情けないネーミングの自主レーベル、チキン・スキン・レコードを立ち上げている。とどまることを知らない自己参照だ。自虐でありながら、それを誇る。泥臭い自分たちを創作の源とする。近年の再評価は、この芸風と、積み重ねた実績がいよいよ噛み合ってきたことを感じさせるものだ。

    ロックは落ちこぼれの音楽だ。"ヒット曲なし!"と叫んで尚武道館までリスナーがついてくるに至ったここからは、ある意味では本当のロックがはじまりつつあるのかもしれない。
    『深夜高速の系譜 回帰系ロック』 を詳しく ≫
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フォーレ: レクイエム
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  • RT @otogivanashi: 「おとぎ話「眺め」再現GIG=先行試聴GIG、聴いてくれた皆様ありがとうございました!ここ最近、かなりストイックに練習していてメンバー4人殺伐しすぎてバッチバチだったので、ライヴ後は放心状態でした。。6月6日の発売日をぜひ楽しみにしていてくだ… by @ZeroBeat_BOT