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RANDOM MUSICランダムおすすめ楽曲から音楽をみつける

  • カガミヨカガミ

    トライアンパサンディ

    ヘビーでポップでオルタナティヴ。曲が良い。トライアンパサンディの楽曲は粒ぞろいだ。それもそのはず、ボーカルのG-YUNcoSANDYは、GOLLBETTYとしてトイズファクトリーから若くしてメジャーデビューしている。 トライアンパサンディは、巷によくある、かわいくて格好良いバンドではないようだ。『カガミヨカガミ』での出だしのビターな歌メロのリフレイン、主張しすぎないギターリフ、声へのエフェク

  • 最&高

    きゃりーぱみゅぱみゅ

    楽しいながらも落ち着きのある普通に良い曲。サビは「さぁいえんこぅ!」の語感一発で、こてこてになりがちなジャンルの中で逆に整然としたものを感じる。青文字系という文脈抜きにきゃりーぱみゅぱみゅは語れないが、この曲では"泣かない負けないうろたえない 宴会じみてる毎日に"という歌詞にその世界観がギュウギュウに詰まっている。 ゴールを設定しそこに積み上げる毎日を丁寧に暮らすのではなく、宴会じみてる毎日

  • Paris / 結局地元 feat.Y’S

    KOHH

    両親や二つ下の弟、中学や高校時代を共にした友人たちが、私が離れたあともずっとあの町でくらし続けていることを思うと不思議な感慨がある。 KOHHを聴いて、弟に聴かせたいと思った。 都会に憧れて18で上京した私とちがって、弟は地元の仲間や地元の店を愛し、そこで暮らし続けている。彼ならきっと、「結局地元」と発するKOHHのパフォーマンスが、開き直りでも諦めでもなく、むしろラディカルで本質的なもの

RANDOM REVIEWランダムレビューから音楽をみつける

  • 両親や二つ下の弟、中学や高校時代を共にした友人たちが、私が離れたあともずっとあの町でくらし続けていることを思うと不思議な感慨がある。

    KOHHを聴いて、弟に聴かせたいと思った。
    都会に憧れて18で上京した私とちがって、弟は地元の仲間や地元の店を愛し、そこで暮らし続けている。彼ならきっと、「結局地元」と発するKOHHのパフォーマンスが、開き直りでも諦めでもなく、むしろラディカルで本質的なものだと読み取れるだろう。

    私も弟も、ラディカルな考え方が好きだ。
    それは二人ともロックから学んだものだと思う。
    とはいえ、二人の人生は全く異なる道を歩んでいる。


    "海外とか行ってみても楽しいのは結局地元"


    とKOHHは言う。私は東京に出ただけでなく、「海外とか行ってみる」ことがとても好きだ。最も好きなことのひとつと言って良い。弟はそんなことよりも、仲間と田舎の廃屋を貸し切ってクラブイベントを開催するようなやつだ。そこは覇気のない田舎町にも関わらず、面白いことの好きな享楽的な若者たちはどこからともなく集まってくるようだ。深く太い地元のアンダーグラウンドネットワークは、地上の世界で生活していた高校生の私には全く見えないものだった。

    KOHHは、私たち兄弟のハイブリッドと言える。そしてその両方の価値観を、客観的に見つめる頭の良さを持っている。


    "オラオラ系のあいつがやってるのは黒い仕事"


    こういった身内の相対化が適宜リリックに挟まれる。だからKOHHのMCには説得力がある。客観化し相対化してもなお、発信することを選んだメッセージだとわかるからだ。そしてその選択には歴とした同時代性があると私は感じる。同時代性という言葉を言い換えれば、今の時代に即しており現状への批評的な観点を持っている、ということだ。つまりラディカルなのである。地元を離れた私と、地元に残った弟、双方の人生に批評的に突き刺さる普遍性をKOHHのMCは持っている。

    KOHHはあらゆる面でラディカルだ。
    例えば、公式ホームページに着目したい。
    KOHHは国内用と海外用、二つの公式ホームページを持っている。国内用のドメインは『やばいっす.com』。海外用には別ドメインを切っている。『kohh.tokyo』だ。世界的には.comの方が普遍的であるのも関わらず、あえて.tokyoのドメインを利用する戦略がとても上手い。内容においても、ただ英訳するだけでなく、見せ方、構成を完全に変えている。

    尖っているもの、アナーキーなものに触れたときに湧いてくる勇気。
    本当に進むべき方向を向くことができれば、そこは全くもって希望に満ちているのだという啓発。人類史が続く限り、継承されてきた啓発。それはもはや啓発ではなく、生物学的な習性と言っても良いかもしれない。しかし私たちは、それを必ず忘れてしまう習性も同時にそなえている。だからいつの時代もだれかが人々にそれを思い出させてきた。その煽動者をこそ、私たちはアーティストと呼ぶべきだ。現代においてその役目はKOHHと、もしかしたらヒップホップが担っているのかもしれない。
    『弟に聴かせたいと思った』 を詳しく ≫
  • 楽しいながらも落ち着きのある普通に良い曲。サビは「さぁいえんこぅ!」の語感一発で、こてこてになりがちなジャンルの中で逆に整然としたものを感じる。青文字系という文脈抜きにきゃりーぱみゅぱみゅは語れないが、この曲では"泣かない負けないうろたえない 宴会じみてる毎日に"という歌詞にその世界観がギュウギュウに詰まっている。

    ゴールを設定しそこに積み上げる毎日を丁寧に暮らすのではなく、宴会じみてる毎日こそが表舞台であるという矜持。泣いて笑ってうろたえて、その毎日をすごすこと。ソレ以外になにもないこと。ある種の女子の価値観を、その悲哀と喜びを、端的に表現した一文だと思う。

    原宿文化の求心力は、一時期ほどは最先端ではなくなっていて、その意味で文化の保存を担うことがまず彼女に求められることだと思う。最先端の若者でいるためには、なにも原宿でなくても良い。そんな時代だからこそ、原宿でいようとすることに意味はあるのではないか。
    『宴会じみてる毎日こそ』 を詳しく ≫
  • ヘビーでポップでオルタナティヴ。曲が良い。トライアンパサンディの楽曲は粒ぞろいだ。それもそのはず、ボーカルのG-YUNcoSANDYは、GOLLBETTYとしてトイズファクトリーから若くしてメジャーデビューしている。

    トライアンパサンディは、巷によくある、かわいくて格好良いバンドではないようだ。『カガミヨカガミ』での出だしのビターな歌メロのリフレイン、主張しすぎないギターリフ、声へのエフェクト。このパートはサビではないのに、サビのように聴かせる。とにかく曲のセンスが良いという印象。

    その後のAメロも良い。ラウドな開放感ですべるように展開していくと思いきや、歪んだキックとボーカルで無防備になって良質なブレーキ。そして、間髪いれずにブリッジミュートを効かせて冒頭と同じメロディへ。

    フェス受けしそうなハッピーなパーティー感もちゃんとある一方で、最後の最後ではじけきらないコシの太さが楽曲にある。アナログで渋い。歌ものになりきらないのにポップ。今時のバンドに珍しいバランスの良さがある。


    その秘密のひとつはどうやら作曲手法にあるようだ。彼らは、メロディでも歌詞でもなく、オケからつくることが多いそうだ。シンセとバンドががっつり絡む音楽性を持つバンドは、結局のところサビでブチ上げてシンガロングを叩き出すことを楽曲制作の目標にしている場合が多いようにみえる。

    その点、トライアンパサンディは違う。以前、G-YUNcoSANDYはインタビューで明確に次のように言っている。


    「ただ、“踊れる、のれる、あがる音楽!”というだけの音楽にはなりたくなかった」


    彼らの音楽があがりきらないのは確信犯である。
    踊って、のって、あがるだけではない何か。
    それを掴むために、シンガロングを目論んだメロディをでっち上げるより先に、オケをつくる必要があった。私はそう結論づけたい。展開と構成とコード(ハーモニー)とリズム、これらの妙が音楽の豊かさであり、それを駆使してトライアンパサンディはその曲で表現したいものを形にする。

    オケ先行ゆえに、歌メロは後手に回り、制約される。そのために、逆説的に他バンドと一線を画すオルタナティヴなメロディを産んでいることも見落とせない。


    もうひとつ、彼らのハイセンスを裏付けるのは、G-YUNcoSANDYがそもそもスカパンク畑の人間だったことだ。トライアンパサンディでは、表面こそエレクトロになったが、良い意味で軽さのあるパンキッシュなアレンジの遺伝子が引き継がれている。
    女性ボーカルのロックバンドには、下手にメタル風な重いギターをフィーチャーしたリフやソロで背伸びしているものが多々ある。彼女たちは、格好良さ、というベクトルへの拘りがあるのだ。気持ちはわかる。でもラウドであることは格好良いことではないのだ。
    トライアンパサンディにはそういった気負いがない。G-YUNcoSANDYがパンクを知っているからだ。


    サビでメロディはひとときの開放感につつまれるが、「宣戦布告しなきゃね」でキリッとそれを畳む。何メロなのかラップなのか良くわからないパートを挟み、再びサビではないサビへ。


    "カガミヨカガミさあ答えてめくるめく未来をおしえて
    カガミヨカガミさあ答えてめくらます世界で"


    このリフレインがなんとも使い勝手の良いフックになり、自由な曲展開を生み出している。その後も最後まで、読めない展開がいとも自然に展開する。

    個人的には作曲面でのブレーンがいるのかどうか気になるところ。もしいるのだとしたらその人のルーツはいかなるものなのだろうか。また、元ベーシストがバンドのアレンジャーに転身したというのも面白い。良いタイアップがつけばひとっ飛びでトップシーンで見かけるようになりそうだが、果たしていかがなものか。
    『歌ものになりきらないのにポップ』 を詳しく ≫

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  • カガミヨカガミ

    トライアンパサンディ

    ヘビーでポップでオルタナティヴ。曲が良い。トライアンパサンディの楽曲は粒ぞろいだ。それもそのはず、ボーカルのG-YUNcoSANDYは、GOLLBETTYとしてトイズファクトリーから若くしてメジャーデビューしている。 トライアンパサンディは、巷によくある、かわいくて格好良いバンドではないようだ。『カガミヨカガミ』での出だしのビターな歌メロのリフレイン、主張しすぎないギターリフ、声へのエフェク

  • Paris / 結局地元 feat.Y’S

    KOHH

    両親や二つ下の弟、中学や高校時代を共にした友人たちが、私が離れたあともずっとあの町でくらし続けていることを思うと不思議な感慨がある。 KOHHを聴いて、弟に聴かせたいと思った。 都会に憧れて18で上京した私とちがって、弟は地元の仲間や地元の店を愛し、そこで暮らし続けている。彼ならきっと、「結局地元」と発するKOHHのパフォーマンスが、開き直りでも諦めでもなく、むしろラディカルで本質的なもの

  • 最&高

    きゃりーぱみゅぱみゅ

    楽しいながらも落ち着きのある普通に良い曲。サビは「さぁいえんこぅ!」の語感一発で、こてこてになりがちなジャンルの中で逆に整然としたものを感じる。青文字系という文脈抜きにきゃりーぱみゅぱみゅは語れないが、この曲では"泣かない負けないうろたえない 宴会じみてる毎日に"という歌詞にその世界観がギュウギュウに詰まっている。 ゴールを設定しそこに積み上げる毎日を丁寧に暮らすのではなく、宴会じみてる毎日

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  • ヘビーでポップでオルタナティヴ。曲が良い。トライアンパサンディの楽曲は粒ぞろいだ。それもそのはず、ボーカルのG-YUNcoSANDYは、GOLLBETTYとしてトイズファクトリーから若くしてメジャーデビューしている。

    トライアンパサンディは、巷によくある、かわいくて格好良いバンドではないようだ。『カガミヨカガミ』での出だしのビターな歌メロのリフレイン、主張しすぎないギターリフ、声へのエフェクト。このパートはサビではないのに、サビのように聴かせる。とにかく曲のセンスが良いという印象。

    その後のAメロも良い。ラウドな開放感ですべるように展開していくと思いきや、歪んだキックとボーカルで無防備になって良質なブレーキ。そして、間髪いれずにブリッジミュートを効かせて冒頭と同じメロディへ。

    フェス受けしそうなハッピーなパーティー感もちゃんとある一方で、最後の最後ではじけきらないコシの太さが楽曲にある。アナログで渋い。歌ものになりきらないのにポップ。今時のバンドに珍しいバランスの良さがある。


    その秘密のひとつはどうやら作曲手法にあるようだ。彼らは、メロディでも歌詞でもなく、オケからつくることが多いそうだ。シンセとバンドががっつり絡む音楽性を持つバンドは、結局のところサビでブチ上げてシンガロングを叩き出すことを楽曲制作の目標にしている場合が多いようにみえる。

    その点、トライアンパサンディは違う。以前、G-YUNcoSANDYはインタビューで明確に次のように言っている。


    「ただ、“踊れる、のれる、あがる音楽!”というだけの音楽にはなりたくなかった」


    彼らの音楽があがりきらないのは確信犯である。
    踊って、のって、あがるだけではない何か。
    それを掴むために、シンガロングを目論んだメロディをでっち上げるより先に、オケをつくる必要があった。私はそう結論づけたい。展開と構成とコード(ハーモニー)とリズム、これらの妙が音楽の豊かさであり、それを駆使してトライアンパサンディはその曲で表現したいものを形にする。

    オケ先行ゆえに、歌メロは後手に回り、制約される。そのために、逆説的に他バンドと一線を画すオルタナティヴなメロディを産んでいることも見落とせない。


    もうひとつ、彼らのハイセンスを裏付けるのは、G-YUNcoSANDYがそもそもスカパンク畑の人間だったことだ。トライアンパサンディでは、表面こそエレクトロになったが、良い意味で軽さのあるパンキッシュなアレンジの遺伝子が引き継がれている。
    女性ボーカルのロックバンドには、下手にメタル風な重いギターをフィーチャーしたリフやソロで背伸びしているものが多々ある。彼女たちは、格好良さ、というベクトルへの拘りがあるのだ。気持ちはわかる。でもラウドであることは格好良いことではないのだ。
    トライアンパサンディにはそういった気負いがない。G-YUNcoSANDYがパンクを知っているからだ。


    サビでメロディはひとときの開放感につつまれるが、「宣戦布告しなきゃね」でキリッとそれを畳む。何メロなのかラップなのか良くわからないパートを挟み、再びサビではないサビへ。


    "カガミヨカガミさあ答えてめくるめく未来をおしえて
    カガミヨカガミさあ答えてめくらます世界で"


    このリフレインがなんとも使い勝手の良いフックになり、自由な曲展開を生み出している。その後も最後まで、読めない展開がいとも自然に展開する。

    個人的には作曲面でのブレーンがいるのかどうか気になるところ。もしいるのだとしたらその人のルーツはいかなるものなのだろうか。また、元ベーシストがバンドのアレンジャーに転身したというのも面白い。良いタイアップがつけばひとっ飛びでトップシーンで見かけるようになりそうだが、果たしていかがなものか。
    『歌ものになりきらないのにポップ』 を詳しく ≫
  • 両親や二つ下の弟、中学や高校時代を共にした友人たちが、私が離れたあともずっとあの町でくらし続けていることを思うと不思議な感慨がある。

    KOHHを聴いて、弟に聴かせたいと思った。
    都会に憧れて18で上京した私とちがって、弟は地元の仲間や地元の店を愛し、そこで暮らし続けている。彼ならきっと、「結局地元」と発するKOHHのパフォーマンスが、開き直りでも諦めでもなく、むしろラディカルで本質的なものだと読み取れるだろう。

    私も弟も、ラディカルな考え方が好きだ。
    それは二人ともロックから学んだものだと思う。
    とはいえ、二人の人生は全く異なる道を歩んでいる。


    "海外とか行ってみても楽しいのは結局地元"


    とKOHHは言う。私は東京に出ただけでなく、「海外とか行ってみる」ことがとても好きだ。最も好きなことのひとつと言って良い。弟はそんなことよりも、仲間と田舎の廃屋を貸し切ってクラブイベントを開催するようなやつだ。そこは覇気のない田舎町にも関わらず、面白いことの好きな享楽的な若者たちはどこからともなく集まってくるようだ。深く太い地元のアンダーグラウンドネットワークは、地上の世界で生活していた高校生の私には全く見えないものだった。

    KOHHは、私たち兄弟のハイブリッドと言える。そしてその両方の価値観を、客観的に見つめる頭の良さを持っている。


    "オラオラ系のあいつがやってるのは黒い仕事"


    こういった身内の相対化が適宜リリックに挟まれる。だからKOHHのMCには説得力がある。客観化し相対化してもなお、発信することを選んだメッセージだとわかるからだ。そしてその選択には歴とした同時代性があると私は感じる。同時代性という言葉を言い換えれば、今の時代に即しており現状への批評的な観点を持っている、ということだ。つまりラディカルなのである。地元を離れた私と、地元に残った弟、双方の人生に批評的に突き刺さる普遍性をKOHHのMCは持っている。

    KOHHはあらゆる面でラディカルだ。
    例えば、公式ホームページに着目したい。
    KOHHは国内用と海外用、二つの公式ホームページを持っている。国内用のドメインは『やばいっす.com』。海外用には別ドメインを切っている。『kohh.tokyo』だ。世界的には.comの方が普遍的であるのも関わらず、あえて.tokyoのドメインを利用する戦略がとても上手い。内容においても、ただ英訳するだけでなく、見せ方、構成を完全に変えている。

    尖っているもの、アナーキーなものに触れたときに湧いてくる勇気。
    本当に進むべき方向を向くことができれば、そこは全くもって希望に満ちているのだという啓発。人類史が続く限り、継承されてきた啓発。それはもはや啓発ではなく、生物学的な習性と言っても良いかもしれない。しかし私たちは、それを必ず忘れてしまう習性も同時にそなえている。だからいつの時代もだれかが人々にそれを思い出させてきた。その煽動者をこそ、私たちはアーティストと呼ぶべきだ。現代においてその役目はKOHHと、もしかしたらヒップホップが担っているのかもしれない。
    『弟に聴かせたいと思った』 を詳しく ≫
  • 楽しいながらも落ち着きのある普通に良い曲。サビは「さぁいえんこぅ!」の語感一発で、こてこてになりがちなジャンルの中で逆に整然としたものを感じる。青文字系という文脈抜きにきゃりーぱみゅぱみゅは語れないが、この曲では"泣かない負けないうろたえない 宴会じみてる毎日に"という歌詞にその世界観がギュウギュウに詰まっている。

    ゴールを設定しそこに積み上げる毎日を丁寧に暮らすのではなく、宴会じみてる毎日こそが表舞台であるという矜持。泣いて笑ってうろたえて、その毎日をすごすこと。ソレ以外になにもないこと。ある種の女子の価値観を、その悲哀と喜びを、端的に表現した一文だと思う。

    原宿文化の求心力は、一時期ほどは最先端ではなくなっていて、その意味で文化の保存を担うことがまず彼女に求められることだと思う。最先端の若者でいるためには、なにも原宿でなくても良い。そんな時代だからこそ、原宿でいようとすることに意味はあるのではないか。
    『宴会じみてる毎日こそ』 を詳しく ≫
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  • RT @gotch_akg: 僕は今、もうひとつ社会人のバンドと一緒に録音をしてる。メンバーは同い年。休みがバラバラだから、ゆっくりとしたペースで。インディーズレーベルを主宰するのは学生からの夢のひとつだった。いつしか僕は働きながら音楽をする人たちの手助けをしたいと思った。まあ… by @ZeroBeat_BOT