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  • セツナ

    サニーデイ・サービス

    曽我部恵一は紛れもないミュージシャンズミュージシャンズだ。先輩後輩問わず他のバンドマンや評論家に、曽我部恵一という人間はあまりに讃えられている。愛されすぎて逆に胡散臭いくらいだ。 同業者に愛されるにはいくつか理由がある。人柄もそうだろう。しかしそれよりも鍵になるのは、同じプロであってもなかなかマネできない、マネしようとしない音楽をやっていることだ。 他のミュージシャンに出来なくて、曽我

  • 恐怖の大王

    人間椅子

    「日本語ロック」という言葉がある。 はっぴいえんどが開拓を進め、サザンオールスターズ、RCサクセション、ブルーハーツが各々の方法論で完成させたソレだ。 その言葉はいまでは廃れ、代わりに若い音楽ファンに親しまれているのは「邦楽ロック」だ。 日本でロックをやること。かつては、それ自体が事件であり挑戦だった。 いまはどうか。幸福なことに日本でロックは可能であることが証明されたと思う。それ

  • カガミヨカガミ

    トライアンパサンディ

    ヘビーでポップでオルタナティヴ。曲が良い。トライアンパサンディの楽曲は粒ぞろいだ。それもそのはず、ボーカルのG-YUNcoSANDYは、GOLLBETTYとしてトイズファクトリーから若くしてメジャーデビューしている。 トライアンパサンディは、巷によくある、かわいくて格好良いバンドではないようだ。『カガミヨカガミ』での出だしのビターな歌メロのリフレイン、主張しすぎないギターリフ、声へのエフェク

  • SUSHI食べたい feat. ソイソース

    ORANGE RANGE

    ORANGE RANGEは若い。 2017年現在メンバーはまだ30代前半。 いいなあ、楽しそうだなあ。 Twitterのノリが中学生だもん。 HIROKIのアイコンはチワワだ。 自己紹介の文章は「日々、透明人間になれるよう猛特訓の日々。」 NAOTOの位置情報は「naotohiroyamanaotohiroyama」で、自己紹介は「naotohiroyamanaotohiroy

  • ANOTHER STARTING LINE

    Hi-STANDARD

    メロコアと言われる音楽が持つポップ感ってわりと様式美的なものがあって、どんなにメロディックであろうと刺さらない人には全く刺さらなかったりする。かく言う私も、メロコアを聴くときは、「あーメロコアのメロコア感気持ち良いー」的なチャネルが活性化されている状態に無意識に合わせているもので、言うなればそれは一種の敷居だったりする。 『ANOTHER STARTING LINE』がスゴく良かったのは、メ

  • Ride My Car

    The ManRay

    ロックバンドがロックしかしない。それって結構珍しい。 The ManRayはそんなバンドだ。 だから安心して聴ける。 メロウにもオシャレにもギャグにもヤケクソにもならず、ひたすらロックが聴ける。 それはとても幸せで、とても稀有なことだったのだとThe ManRayを聴いて思った。 良い意味で、楽曲に楽器が奉仕していない。 ベースとドラムとギターが独立した距離感で立ち回り、そのための

  • 自意識不明

    nervous light of sunday

    カオティックという言葉がある。 その言葉の選ばれ方において、カオティックと、カオスは全く別物である。 カオスは字義通り混沌の意味。 ジャンルレスであったり、特にそれが無秩序な印象につながっていたりすると人は、カオスな曲だ、と表現する。 他方、カオティックはむしろ秩序だ。 具体的には、スクリーモ、あるいはスクリーモ系のエモ、ハードコア、メタルコア、ミクスチャーロックなどを主戦場とするバ

RANDOM REVIEWランダムレビューから音楽をみつける

  • 古い家具のようなギターの音色でドリーミーなアルペジオを組み立てる。
    最後まで厚くならない音像に、盛り上がりに欠ける空虚なメロディが滑っていく。
    独特な音楽は多々あれど、その独特さのベクトルにおいて有識者が認知できないような角度で『めぐり逢えたら』を繰り出すおとぎ話は、損極まりない。
    新しいジャンルとの融合や、時代のアーキテクチャの有効活用は本当のところオリジナルでもなんでもない。進んでいる時代のフィーリング、それを選び取る尖った感性。そんなものと縁のないおとぎ話が私は好きだ。
    そして、そんなおとぎ話は損極まりない。

    『めぐり逢えたら』。この曲の特徴のひとつは、何故別れ何故めぐり逢うのかという情報が抜け落ちているセカイ系的な歌詞だ。この曲が湿っぽくもならなければ温かくもならない理由は曲調だけでなく、その歌詞にある。似ている。透明感のあるエモーションだけが情景とともに燃え尽きる様がまさにセカイ系フィクションと似ている。

    "さよならのむこう"
    "泣き顔の先"
    "別れを捧げる"

    モチーフとされるのは、別れるという概念それ自体と、その先にある概念的で幸福な何かそれ自体だ。別れも、めぐり逢いもふたり以上いなければできないことなのに、MVで描かれるのは女の子のみであることも指摘しておきたい。語り手は黒子として画面外にフェードアウトしているのだ。社会的背景が抜け落ち、離別や出逢い、破滅という概念がドラマティックに美少女のロードムービーとして独り歩きするのがセカイ系のストーリーだとまとめるなら、まさにどストライクのセカイ系ロックである。

    おとぎ話が損極まりない理由は、そのわかりづらさにある。何を言っているんだと思われるかもしれない。有馬和樹はポップで綺麗なメロディを書くじゃないかと。バンドはそれを最大限に引き立てる演奏ができるじゃないかと。牛尾健太の美形はかなり目立つじゃないかと。

    おとぎ話のわかりづらさは、ポップでピースフルな長所にユニークでストレンジな別の長所が埋もれてしまっている構造にある。おとぎ話に気づかず通り過ぎる人は、『めぐり逢えたら』の奇妙なメロディ展開や音像のアイデアに驚かず、ただ優しいだけの曲と感じるはずだ。わかりやすいよね、と。

    そして、おとぎ話が損極まりないもう一つの理由は、そのわかりやすさにある。『めぐり逢えたら』の歌詞がセカイ系的であることは先程指摘した。同じようにして曲のテーマが直球の恋であれば、有馬はやはりリアリティを捉えず、概念としての恋心を、言葉を変え、メロディを変え畳み掛ける曲を作る。『理由なき反抗』収録の『SMILE』を引用する。

    "終わり無き今は 光に溢れて"
    "季節を超えて 僕は君と旅にでるのさ"
    "恋をした瞬間に 涙があふれる"
    "広がる青空に 僕らのメロディが溶けてゆく"

    先日ドナルド・トランプのVictory Speechを英語で読んだ。それがとてもわかりやすかった。英語が簡単なのだ。トランプ政権自体の是非は置いといて、その言葉のポップさは分析に値する。限りなく平易で概念的でいかようにも解釈できるビッグワードだが感情が高ぶる。有馬が作詞で狙っているポップネスもまさにそれだと思う。トランプがインテリの自尊心を満たさないように、おとぎ話もインテリの自尊心を満たさない。わかりやすいからだ。もちろん有馬もトランプもそんなインテリよりも一枚上手なのだが、それはまた別の話。

    わかりやすさとわかりづらさのさじ加減で、バンドは過大評価されたり過小評価されたりする。おとぎ話の評価が過小かどうかは定かではないが、おとぎ話の持つ難解さと平易さが共にユニークなものであることをそれなりの数のコアを自認するロックファンが認知できていないのは間違いない。ここにはマーケティングの問題もあるかもしれないが、その点、希望もある。

    人にとってなにがわかりやすく何がわかりづらいかは、時代によって変わっていく。バンドの定性的な音楽の魅力をそのままにして。女心は秋の空というように、ロックファンの関心も秋の空だ。大したものじゃない。深みのあるポップバンドの最王手として、おとぎ話がコロッとトップに躍り出るなんてことは、それこそトランプの当選ほどには番狂わせではないだろう。
    『ロックンロールは秋の空』 を詳しく ≫
  • 「日本語ロック」という言葉がある。
    はっぴいえんどが開拓を進め、サザンオールスターズ、RCサクセション、ブルーハーツが各々の方法論で完成させたソレだ。

    その言葉はいまでは廃れ、代わりに若い音楽ファンに親しまれているのは「邦楽ロック」だ。

    日本でロックをやること。かつては、それ自体が事件であり挑戦だった。
    いまはどうか。幸福なことに日本でロックは可能であることが証明されたと思う。それが「邦楽ロック」というビッグワードに象徴されている。

    それは日本国内での話。
    世界的な視点で見ると状況は変わる。ブリティッシュロック、アメリカンロックのような世界共通の認知は、邦楽ロックにおいてはゼロに等しい。
    ひとえに言語の問題もある。
    しかし目を留めたいのは、世界中の誰から見てもブリティッシュロックが確かにイギリスっぽく、アメリカンロックが確かにアメリカっぽいという事実だ。邦楽ロックは日本っぽいだろうか。その日本っぽさは世界的にポピュラーな日本のイメージだろうか。本当の邦楽ロックというやつは、まだ長い眠りの中にあるのだと私は考えたい。

    「ASIAN KUNG-FU GENERATION」「人間椅子」はわざわざ日本でロックをやることに強い自覚を持っているアーティストだと思っている。「BABYMETAL」「和楽器バンド」はどのくらい意識的だったかわからないが結果的に強い自覚をいま持っているアーティストだ。

    簡単に言えば、世界の周縁としての日本、という自覚だ。
    アメリカ人がブリティッシュロックをやるとき、その音には「なぜ?あえてイギリス風なのか?」という問いへのアンサーが自然に表象されるものだ。逆も然り。それは自国のロックを他国のロックと相対して見れる視点に起因する。世界では当たり前にできていることだが、日本は島国だからか、それをとても苦手とする。
    「ASIAN KUNG-FU GENERATION」「人間椅子」「BABYMETAL」「和楽器バンド」はそれができる人たちだ。

    その中でもポピュラリティでは最も劣る人間椅子に、私はひときわ強烈な客観性を感じる。そこには日本でロックやることが本質的に縮小再生産であることへの恐れがある。クールな理解がある。私はそれこそが本当の邦楽ロックの開花に必要だと思っている。


    歌詞だけではない。人間椅子は国文学の世界観がしっかり音やルックスに連結している。和装で、国産のメロディを歌う。ノエル・ギャラガーはユニオンジャックのシェラトンを弾き、スティービー・レイ・ヴォーンはカウボーイハットをかぶる。そういうことだ。

    日本という国のアイデンティティは少し格好悪い。サムライ、ちょんまげ、アニメ、満員電車、村社会。少なくとも欧米的ロックのフィーリングに一度でも憧れた人が、あえて取り組もうとはしないテーマだ。しかし、それと向き合った人間椅子がひとつの完成形に到達していることを知るべきだ。「恐怖の大王」はテンポチェンジしてからのギターソロが異常に格好良くてぶったまげる。なぜぶったまげるって、私たちの知るいつもの洋楽ハードロックとなにか違う匂いが鼻先を掠めるからだ。そしてその違いとレガシーとも言えるハードロックサウンドは見事に溶け合っている。

    なにが違うのだろう。
    それは日本的哀愁ではないだろうか。先述の歌詞とメロディだけでなく、リズムの溜めやボーカルの発声にもそれは持ち寄られている。人間椅子はハードロックサウンドに文芸の世界観を乗せているのではない。日本的哀愁の世界観からロックが発露しているのだ。ロックは狂気の音楽だ。そして狂気は目的ではなく結果だ。出自は個人の心の奥底であり、そういう意味で国民性や文化に強く依存する。キング・クリムゾンの狂気の起源を日本人は当然持ち合わせていない。ヨーロッパに哀愁があるように、日本にも哀愁がある。その日本的哀愁の風景が突破されたときの狂気が、恐怖の大王のギターソロなのだ。

    人間椅子が実現しているのは、コンセプトロックと言えるかもしれない。日本人による日本人のコスプレ。まさにその屈折すらも日本独特の狂気と言える。日本でロックをやるのに、日本をコンセプトにするのは皮肉なことかもしれない。自然でいること自体が困難なら、徹底してその宿命を背負ったバンドこそがこの国のロックをつくってくれる。
    『日本人による日本人のコスプレ』 を詳しく ≫
  • 円盤少女の和田純次はめっちゃ良いメロディを書く。
    ただただ良いメロディを書く。
    それ以上でもそれ以下でもない。良いメロディを書く。

    これ。きっとまだ世の中のほとんどの人は知らないと思うんだけど、私は声を大にして言いたい。この人の書くメロディは良い。


    明るく切ない、日本の歌謡曲の正道を行く美しいメロディだ。
    とてもベタで王道だ。
    でも決して安易ではない。
    あーあ。ってなりそうなギリギリのところで、メロディが逆方向に折れ曲がって、オッて思わせてくれる。ギリギリのところでコード進行にもうワンチャンスある。

    新しいメロディはもう生まれないと、もう何年も前から言われている。
    事実、最先端と呼ばれるアーティストたちは、歌ものなんてとっくに諦めている。

    和田純次のメロディは新しくないかもしれない。
    でも、あーあ。ってなっちゃう安易なメロディじゃない。
    古典的な歌謡曲が永久欠番にしてしまったズルいメロディたちを、ギリギリのところで使いこなしている。
    こんなことできるソングライター、いまほとんどいないと思う。織田哲郎とかそういうレベルだと思う。
    これはけっこう真面目に思っているんだけど。


    和田純次はメロディメイクの際の綱渡り的なベクトルを、歌詞でも志向している。歌詞も良いと思う。ベタで甘く青い世界観だけど、こっ恥ずかしくない。言葉も自分の言葉だ。歌の題材も彼の世界から出てきている。聴けば分かる。上手いと思う。ああ素敵だなと思う。

    サウンドはシンプルだ。
    いじわるに言えば、意外性はない。
    しかし、メロディと歌詞の良さがビンビンに響いてくる潔いバンドサウンドだ。
    ギターのリフやオブリガードも、ポップスに相応しいメロディを鳴らしていると思う。

    『あの娘のギターはタイムマシン』は彼らの中でも特に完成度の高い曲だ。完璧だと思う。大好きだ。美しいメロディだなと思う。中学生のとき、はじめてのCDを買う前に『小さな恋のうた』を口ずさんでいたように、『あの娘のギターはタイムマシン』を口ずさんでいる自分がいる。


    日本のロックは案外悪くない歴史を歩んできたのかもしれない。
    円盤少女を聴いてそう思った。
    こんな何の変哲もないバンドサウンドと歌心のあるメロディだけで、それでもグッと来てしまう。私もいろんな音楽を聴いてきた気がするんだけど、いろんな理屈を知ってきた気がするんだけど、理屈じゃないんだなあと思う。


    しかし、私もこれを書いていて思うが、円盤少女と和田純次の良さを言葉にするのは随分とむずかしい。理屈による証明に持っていけない。だから私は円盤少女の良さを伝える、誰もが納得してくれる文章を完成させることを諦めた。だからこんな取り留めのない文章を書いている。大したことは何も書けてはいないけど、ここで一発何かしら書いておかないと、自分自身の耳に不誠実な気がしたから。円盤少女に不誠実なんじゃない、自分にとっての不誠実。まじで良いと思ったんだぜ。

    私は円盤少女の追っかけにはならないだろう。今だって、ファンだなんて自信持てるほど聴き込んではいないのかもしれない。でも今後、彼らによってもっと良い曲が書かれるだろうと私は普通に思っている。それを自分は聴くだろうなと思う。
    『歌謡曲が永久欠番にしたメロディ』 を詳しく ≫
  • インターネット上の「次はこのバンドがくる!」なんて記事はすべて面白くない。バラエティ番組では、面白い発言にテロップがつくのではなくテロップをつけることでそれが面白いことであると決まっていくように、若手バンドのフィーチャー記事の背後を辿れば、そのバンドが既に選ばれているという事実にブチ当たる。

    次のバンドとして選ばれたバンドは、永久機関になったビリヤードのように玉突きと補充の対象になる。

    次のバンドを聴きたい人や次のバンドで連帯したい人や次のバンドを書きたい人はたくさんいる。それは少しだけ金を産むし、それよりたくさんの自尊心をみんなに置いていく。次のバンドは、そうしてインターネットの海にリズミカルに吐き出されてくる。

    THE SENSATIONSの『STAY YOUNG』を聴いたとき、私は満を持して、「次はこのバンドがくる!」を書こうと思った。意外とキャリアがあったこと以外に、それを思い直した理由は、もはやそんな記事は誰の役にも立たないからだ。ある種の人は、次のバンドを次のバンドであるという理由で愛する。そんな世界に与するのはたとえ1000字だけでもよしたほうが良い。

    『STAY YOUNG』はとても良い曲だった。
    なるほど、「モータウン、ノーザンソウルなどの60'sフレーバーをPUNKのテンションで吐き出す」がモットーらしい。とはいえ直接的な影響は90's後半のジャパニーズインディーパンク/スカコアシーンだと考えるのが自然だ。
    DIY。自主レーベル。英語詞。SAX。突き抜けて輝くサビのメロディ。カッティング。半ズボン。ハッピーな仲間意識。
    蘇るそれは輝いていた90'Sの意匠たちだ。それもまたTHE SENSATIONSの魅力。

    イントロから展開の多さが目立つ。小技も効いている。ペコペコのスネアに引っ張られ所々で過剰に曲が前のめりになるのは意図してのことだろう。メロディの畳み掛けも同様だ。感覚でやっているのだろうが、こういうセンスは少しばかりユニークで、耳を持っていく力がある。間奏でボーカルの大澤氏が「おえおえ」言ってるが意味がわからない。ナイスである。サビメロの威力は十分だ。ラフなコーラスも。ここだけは王道が良い。全体的に演奏でなくボーカルがいい具合に曲を壊していく。おどけた歌い方や、安っぽい歌い方を駆使し、格好がつかないままスピーディーに次の展開に入る。ギターの音作りは高音域にフォーカスされることで出しゃばらない。風通しが良い。

    THE SENSATIONSのキャリアは長い。おまけにレーベル運営も行っているとなれば、音楽的視野の広さはなかなかのものだろう。パンクと言えども、その性能は上述のように端々で磨かれ続けている。

    パンクで音楽にハマると厄介だと思う。練習を積み重ねて上手になる、という楽器をやる上での当たり前のアティチュードを素直に愛せなくなるからだ。人はパンクの精神に感銘する。しかし、プレイヤー側に回ると、聴ける音楽を提供しなければ、というこれまた当たり前な命題を前にしてそのアイデンティティが揺らいでしまうのだ。だから訳がわからなくなって、間奏で「おえおえ」言うような、余計なことをやってしまう。

    その閉塞を打破するために、パンクはコミュニティに向けてローカライズされやすい。他ジャンルとがっぷり四つに結婚したり、ユーモアが発達したり。鑑賞に応えないならブレンドするか、鑑賞させずに爆笑させれば良いという魂胆だ。THE SENSATIONSもそれらを高度なレベルで実現している。


    日本でも特にパンクは独自の進化と独自のコミュニティを育んだジャンルだと思う。I HATE SMOKE RECORDSはその極北に在る。パンクはしぶとく、タフな音楽だ。こうして形を変えて「おえおえ」言いながら無理して進化していく。それはとてもすばらしいこと。
    『ローカライズパンクの極北』 を詳しく ≫

NEW MUSIC最新のおすすめ楽曲から音楽をみつける

  • Ride My Car

    The ManRay

    ロックバンドがロックしかしない。それって結構珍しい。 The ManRayはそんなバンドだ。 だから安心して聴ける。 メロウにもオシャレにもギャグにもヤケクソにもならず、ひたすらロックが聴ける。 それはとても幸せで、とても稀有なことだったのだとThe ManRayを聴いて思った。 良い意味で、楽曲に楽器が奉仕していない。 ベースとドラムとギターが独立した距離感で立ち回り、そのための

  • カガミヨカガミ

    トライアンパサンディ

    ヘビーでポップでオルタナティヴ。曲が良い。トライアンパサンディの楽曲は粒ぞろいだ。それもそのはず、ボーカルのG-YUNcoSANDYは、GOLLBETTYとしてトイズファクトリーから若くしてメジャーデビューしている。 トライアンパサンディは、巷によくある、かわいくて格好良いバンドではないようだ。『カガミヨカガミ』での出だしのビターな歌メロのリフレイン、主張しすぎないギターリフ、声へのエフェク

  • あの娘のギターはタイムマシン

    円盤少女

    円盤少女の和田純次はめっちゃ良いメロディを書く。 ただただ良いメロディを書く。 それ以上でもそれ以下でもない。良いメロディを書く。 これ。きっとまだ世の中のほとんどの人は知らないと思うんだけど、私は声を大にして言いたい。この人の書くメロディは良い。 明るく切ない、日本の歌謡曲の正道を行く美しいメロディだ。 とてもベタで王道だ。 でも決して安易ではない。 あーあ。ってなりそ

  • Fall

    told

    「最近の若手には骨のあるやるがいないんです」 「あんたは春になるといつもそう言うな。新入りってのはな、朝顔みたいなものなんだよ」 「アサガオ?」 「ああ。アサガオだ。芽が出るまではとにかく水をやることだけ考えていれば良い。支柱をたててこっちが望む方向にツルを巻いてもらうのはそのあとの話だ」 「なるほど。おやじさんの言うことはやはり含蓄が違う」 「お代はまけないよ」 「わかってますって。

  • 夜空を全部

    sora tob sakana

    拝啓、オルタナティブ夏の夜。 東京の冬は寒いです。 2017年は特急列車のように過ぎ去ってゆきます。 星を見る間もなく、小さなiPhoneの画面上で繰り広げられる宇宙に私たちは喜怒哀楽を捧げるようになりました。夜空を全部束ねてみたら、いいねのひとつでも貰えるかもしれません。 あの頃とは何もかもが違いますね。しかし、それで良いのかもしれません。私たちはそのときどきに目の前を通

  • めぐり逢えたら

    おとぎ話

    古い家具のようなギターの音色でドリーミーなアルペジオを組み立てる。 最後まで厚くならない音像に、盛り上がりに欠ける空虚なメロディが滑っていく。 独特な音楽は多々あれど、その独特さのベクトルにおいて有識者が認知できないような角度で『めぐり逢えたら』を繰り出すおとぎ話は、損極まりない。 新しいジャンルとの融合や、時代のアーキテクチャの有効活用は本当のところオリジナルでもなんでもない。進んでいる時

  • STAY YOUNG

    THE SENSATIONS

    インターネット上の「次はこのバンドがくる!」なんて記事はすべて面白くない。バラエティ番組では、面白い発言にテロップがつくのではなくテロップをつけることでそれが面白いことであると決まっていくように、若手バンドのフィーチャー記事の背後を辿れば、そのバンドが既に選ばれているという事実にブチ当たる。 次のバンドとして選ばれたバンドは、永久機関になったビリヤードのように玉突きと補充の対象になる。

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  • ロックバンドがロックしかしない。それって結構珍しい。
    The ManRayはそんなバンドだ。
    だから安心して聴ける。
    メロウにもオシャレにもギャグにもヤケクソにもならず、ひたすらロックが聴ける。
    それはとても幸せで、とても稀有なことだったのだとThe ManRayを聴いて思った。

    良い意味で、楽曲に楽器が奉仕していない。
    ベースとドラムとギターが独立した距離感で立ち回り、そのための道筋を歌が引いている。
    The ManRayはきっと一曲への拘りは薄いのだと思う。
    まるで、世紀の大名曲なら、いくつか既に世に送り出してきたベテランバンドのように。
    その余裕が塩梅の良い編曲に繋がっている。
    Beatlesの『Drive My Car』を彷彿とさせる『Ride My Car』ではとくにそれが顕著だ。

    まず曲が短い。終わり方は崩れ落ちるようにあっさりだ。
    一番盛り上がるのはギターソロ。
    泣きのフックもない。
    BPMもゆっくりだ。
    粘っこいリズム。
    こんな小品。なかなかリード曲にできない。
    要するに一般人には結構レベル高い。

    彼らの楽曲に一貫するこの手の美意識は、何を原動力に成り立っているのだろうか。

    それは自らのバンドコンセプトへの徹底した信頼なのかもしれない。
    Profileには次のように書かれている。


    "荒々しく土臭いサウンドに気怠いなかに苦みを 効かせたヴォーカル。クールかつルードな佇まいで、時代に媚びないロック美学を熱く貫くリアル・ロックバンド!!"


    なるほど、まさしくその通りである。
    良いバンドには良いコンセプトがある。
    良いコンセプトとは、わかりやすいコンセプトだ。
    人のキャラクターと同様で、パッと見で理解しやすいと人は心の障壁を取り除く。
    たくさんの顔と趣味を持っている男が、ラーメンの食べ歩きが趣味です、と自己紹介するように、多様なジャンルの音楽制作に精通したクリエイターが、パワーコードのパンクロッカーとして生きていくことはありえるし、それはとてもクールなことなのだ。私はThe ManRayにはそれと似た佇まいを感じている。

    今後、あくまで友好的に見守りたい課題があるとすれば、The ManRayのコンセプトがあまりに、"時代に媚びないロック"にすぎるところかもしれない。おそらく、一般人には理解できなくても、多くの音楽好きにThe ManRayのセンスは愛されるだろう。全く別のジャンルからもリスペクトされ得る"媚びないロック"がそこにある。
    しかしロックバンドたるもの、時代に媚びずとも、時代が媚びてくるくらいのポピュラリティをどこかで獲得する可能性を秘めて欲しいものだと、私は思っている。
    安心して聴ける良質のロックアルバムを3枚くらい出した暁には、獲得したファンと自らのキャッチコピーを裏切るような動きをしてみては、と思っていたりする。
    『バンドコンセプトへの徹底した信頼』 を詳しく ≫
  • ヘビーでポップでオルタナティヴ。曲が良い。トライアンパサンディの楽曲は粒ぞろいだ。それもそのはず、ボーカルのG-YUNcoSANDYは、GOLLBETTYとしてトイズファクトリーから若くしてメジャーデビューしている。

    トライアンパサンディは、巷によくある、かわいくて格好良いバンドではないようだ。『カガミヨカガミ』での出だしのビターな歌メロのリフレイン、主張しすぎないギターリフ、声へのエフェクト。このパートはサビではないのに、サビのように聴かせる。とにかく曲のセンスが良いという印象。

    その後のAメロも良い。ラウドな開放感ですべるように展開していくと思いきや、歪んだキックとボーカルで無防備になって良質なブレーキ。そして、間髪いれずにブリッジミュートを効かせて冒頭と同じメロディへ。

    フェス受けしそうなハッピーなパーティー感もちゃんとある一方で、最後の最後ではじけきらないコシの太さが楽曲にある。アナログで渋い。歌ものになりきらないのにポップ。今時のバンドに珍しいバランスの良さがある。


    その秘密のひとつはどうやら作曲手法にあるようだ。彼らは、メロディでも歌詞でもなく、オケからつくることが多いそうだ。シンセとバンドががっつり絡む音楽性を持つバンドは、結局のところサビでブチ上げてシンガロングを叩き出すことを楽曲制作の目標にしている場合が多いようにみえる。

    その点、トライアンパサンディは違う。以前、G-YUNcoSANDYはインタビューで明確に次のように言っている。


    「ただ、“踊れる、のれる、あがる音楽!”というだけの音楽にはなりたくなかった」


    彼らの音楽があがりきらないのは確信犯である。
    踊って、のって、あがるだけではない何か。
    それを掴むために、シンガロングを目論んだメロディをでっち上げるより先に、オケをつくる必要があった。私はそう結論づけたい。展開と構成とコード(ハーモニー)とリズム、これらの妙が音楽の豊かさであり、それを駆使してトライアンパサンディはその曲で表現したいものを形にする。

    オケ先行ゆえに、歌メロは後手に回り、制約される。そのために、逆説的に他バンドと一線を画すオルタナティヴなメロディを産んでいることも見落とせない。


    もうひとつ、彼らのハイセンスを裏付けるのは、G-YUNcoSANDYがそもそもスカパンク畑の人間だったことだ。トライアンパサンディでは、表面こそエレクトロになったが、良い意味で軽さのあるパンキッシュなアレンジの遺伝子が引き継がれている。
    女性ボーカルのロックバンドには、下手にメタル風な重いギターをフィーチャーしたリフやソロで背伸びしているものが多々ある。彼女たちは、格好良さ、というベクトルへの拘りがあるのだ。気持ちはわかる。でもラウドであることは格好良いことではないのだ。
    トライアンパサンディにはそういった気負いがない。G-YUNcoSANDYがパンクを知っているからだ。


    サビでメロディはひとときの開放感につつまれるが、「宣戦布告しなきゃね」でキリッとそれを畳む。何メロなのかラップなのか良くわからないパートを挟み、再びサビではないサビへ。


    "カガミヨカガミさあ答えてめくるめく未来をおしえて
    カガミヨカガミさあ答えてめくらます世界で"


    このリフレインがなんとも使い勝手の良いフックになり、自由な曲展開を生み出している。その後も最後まで、読めない展開がいとも自然に展開する。

    個人的には作曲面でのブレーンがいるのかどうか気になるところ。もしいるのだとしたらその人のルーツはいかなるものなのだろうか。また、元ベーシストがバンドのアレンジャーに転身したというのも面白い。良いタイアップがつけばひとっ飛びでトップシーンで見かけるようになりそうだが、果たしていかがなものか。
    『歌ものになりきらないのにポップ』 を詳しく ≫
  • 円盤少女の和田純次はめっちゃ良いメロディを書く。
    ただただ良いメロディを書く。
    それ以上でもそれ以下でもない。良いメロディを書く。

    これ。きっとまだ世の中のほとんどの人は知らないと思うんだけど、私は声を大にして言いたい。この人の書くメロディは良い。


    明るく切ない、日本の歌謡曲の正道を行く美しいメロディだ。
    とてもベタで王道だ。
    でも決して安易ではない。
    あーあ。ってなりそうなギリギリのところで、メロディが逆方向に折れ曲がって、オッて思わせてくれる。ギリギリのところでコード進行にもうワンチャンスある。

    新しいメロディはもう生まれないと、もう何年も前から言われている。
    事実、最先端と呼ばれるアーティストたちは、歌ものなんてとっくに諦めている。

    和田純次のメロディは新しくないかもしれない。
    でも、あーあ。ってなっちゃう安易なメロディじゃない。
    古典的な歌謡曲が永久欠番にしてしまったズルいメロディたちを、ギリギリのところで使いこなしている。
    こんなことできるソングライター、いまほとんどいないと思う。織田哲郎とかそういうレベルだと思う。
    これはけっこう真面目に思っているんだけど。


    和田純次はメロディメイクの際の綱渡り的なベクトルを、歌詞でも志向している。歌詞も良いと思う。ベタで甘く青い世界観だけど、こっ恥ずかしくない。言葉も自分の言葉だ。歌の題材も彼の世界から出てきている。聴けば分かる。上手いと思う。ああ素敵だなと思う。

    サウンドはシンプルだ。
    いじわるに言えば、意外性はない。
    しかし、メロディと歌詞の良さがビンビンに響いてくる潔いバンドサウンドだ。
    ギターのリフやオブリガードも、ポップスに相応しいメロディを鳴らしていると思う。

    『あの娘のギターはタイムマシン』は彼らの中でも特に完成度の高い曲だ。完璧だと思う。大好きだ。美しいメロディだなと思う。中学生のとき、はじめてのCDを買う前に『小さな恋のうた』を口ずさんでいたように、『あの娘のギターはタイムマシン』を口ずさんでいる自分がいる。


    日本のロックは案外悪くない歴史を歩んできたのかもしれない。
    円盤少女を聴いてそう思った。
    こんな何の変哲もないバンドサウンドと歌心のあるメロディだけで、それでもグッと来てしまう。私もいろんな音楽を聴いてきた気がするんだけど、いろんな理屈を知ってきた気がするんだけど、理屈じゃないんだなあと思う。


    しかし、私もこれを書いていて思うが、円盤少女と和田純次の良さを言葉にするのは随分とむずかしい。理屈による証明に持っていけない。だから私は円盤少女の良さを伝える、誰もが納得してくれる文章を完成させることを諦めた。だからこんな取り留めのない文章を書いている。大したことは何も書けてはいないけど、ここで一発何かしら書いておかないと、自分自身の耳に不誠実な気がしたから。円盤少女に不誠実なんじゃない、自分にとっての不誠実。まじで良いと思ったんだぜ。

    私は円盤少女の追っかけにはならないだろう。今だって、ファンだなんて自信持てるほど聴き込んではいないのかもしれない。でも今後、彼らによってもっと良い曲が書かれるだろうと私は普通に思っている。それを自分は聴くだろうなと思う。
    『歌謡曲が永久欠番にしたメロディ』 を詳しく ≫
  • 「最近の若手には骨のあるやるがいないんです」
    「あんたは春になるといつもそう言うな。新入りってのはな、朝顔みたいなものなんだよ」
    「アサガオ?」
    「ああ。アサガオだ。芽が出るまではとにかく水をやることだけ考えていれば良い。支柱をたててこっちが望む方向にツルを巻いてもらうのはそのあとの話だ」
    「なるほど。おやじさんの言うことはやはり含蓄が違う」
    「お代はまけないよ」
    「わかってますって。おれも疲れて飲みに来たサラリーマンにサラッと人生を説けるオトナになってみたいってだけです。ところで、じつのところ今回はそれとは話が違います」
    「違う話?」
    「うん。新入社員じゃなくて、バンドです」
    「バンド?そういやあんたの仕事は編集者だったな。酒を飲んでるところしか見たことがなかった」
    「それはこの店にきてるからでしょ。うん。音楽雑誌のね」
    「それでバンドがどうしたって?」
    「もう10年この仕事をやってきました。バンド音楽にハマって新譜をチェックするようになってからは15年。それが最近すっかり新譜を追う気力が無くなってきているんです。仕事じゃなかったらおれはもうロックバンドを聴いてすらいないんじゃないかと思う」
    「忙しすぎるんじゃねえのか。オンナつくってドライブでもしてみろ。オレの頃はみんなユーミンをカセットテープに入れていたもんだ」
    「忙しいのもある。耳が肥えてしまっているのもある。しかし、一番の原因は面白いバンドがでてこないことにあると自分では思っているんです。少なくともおれはそう考えている。もちろんいまも絶え間なく新人バンドのデビューはある。でも、それがことごとく面白くない」
    「面白くないってのはお前の都合だ。どこがどう面白くないのか聞かせてもらおうじゃないか」
    「そうです。それは確かにおれの都合です。おれはこう思っています。いまのバンドは節操がない」
    「節操?」
    「うん。要するに、ロックバンドが貧乏になることを怖がっている」
    「それがどう節操に繋がるんだ?むしろお行儀が良くて小じんまりとしたやつが最近は多いじゃないか」
    「まず第一に、プロモーションへの抵抗が全くない。第二に、アルバムをコンスタントにつくりすぎる。第三にそう、お行儀が良い」
    「なるほど、ロックバンドらしくないってわけだ」
    「ロックバンドらしくない在り方が既存のロックバンドへのオルタナティブならまだ良いんです。だけどそうじゃない。例えばジョンレノンが最新のグッズが完成する度に自前のECサイトをリツイートしたらどう思います?お茶の間にも届けたいんだといってミュージックステーションに出たらどう思います?デビューからの節目だからって十年ごとに武道館公演をやったら?」
    「おもしろいだろうが、かっこよくはないわな」
    「うん。ビジネスを理解するロッカーや、現実を見て販促できるロッカーなんて、そもそも本質的に面白くない。それを一種のオルタナティブに見せたところで、長期的には音楽の面白さがすり減るだけなんだと思っています」
    「アルバムはコンスタントに出してくれたほうが良いんじゃないのか?」
    「みながデビットボウイやプリンスならね。それが果てしない創作意欲なのか、狭い世界でのルーティンワークなのかって話です。本当に自分たちが世に出さなければいけないアルバムでない限り下手に作品をつくらないほうが良いとおれは思う。少なくともロックバンドなら」
    「ピストルズのように一発かまして解散しろ、ってか」
    「奇をてらえってわけじゃないんです。不良ぶってろってわけじゃないんです。ただピストルズもジョンレノンも町田町蔵も、もしかしたら尾崎豊なんかも、その物分りの悪い姿勢がパフォーマティブなものでしか無かったわけはないと思っています。音で裏切らないために、彼らの中では有機的な接続があった。いまのバンドにはその双方がない」
    「おれは景気の悪さも影響してると思うぜ。ミュージシャンも人の子だ。背に腹はかえられねえ」
    「おっしゃる通り。この国の景気の停滞は甚だしい。雇用は安定せず、賃金も上昇しない。エアポケットのような儲け話も、契約社会と情報社会で淘汰されつつある」
    「音楽業界はもっと悲惨だ。栄光が輝かしいだけにね」
    「そう。だから、ロックミュージシャンであっても、サラリーマンのように手堅く、細かい仕事で細かい実績を刻んでいく。フォロワーを増やしていく。一発当たることなんて原理的にもうないのだから。それはよくわかる」
    「突破口は?」
    「ないです」
    「お前にできることは」
    「それはあります。それが仕事だとは思っていますから。しかし、音楽雑誌は明らかに回帰している。キャリアの長いアーティストたちに。リスナーにおいても同様です。若者がつくった音楽を若者が聴いて、それがユースカルチャーとして神聖化される図式が成立しなくなっている」
    「有望な若手か」
    「そうです」
    「toldってバンド知ってるか?」
    「told?」
    「最近のバンドだ」
    「知らないです。70'sまでが専門領域のおやじさんから最近のバンドの名前が出るってのは珍しいですね。それがどうかしたんですか」
    「この界隈はバンドマン多くてな」
    「そうでしょうね、中央線沿線は。私もそんな雰囲気に憧れて田舎からやってきたたちですよ」
    「常連がそのバンドの熱心なファンなんだ」
    「アマチュアですか?」
    「半分はそんなものだ。おれも一枚アルバムもらって聴いてみたんだが少しおもしろいとおもった。まず、やろうとしていることが少ないなと感じた。これは良い意味で」
    「やろうとしていること?」
    「ああ。キャリアは10年弱あるらしいが、アルバムはここ2、3年に二枚出しただけだ。第一に音数が少なくバンドの音しか入っていない」
    「でも、そんなアーティストはたくさんいるのでは?」
    「いる。でも違う。すべての曲で定位がすごくはっきりしているんだ、toldというバンドは」
    「スピーカーの左右に音を振る定位?」
    「そう、特に二本のギター。これがどの曲でも、お揃いの衣装を着た強面のボディーガードのように左右にきっちり控えて鳴っていて、それがとても形式的なんだ」
    「ボーカルは?」
    「ボーカルはギタリストがとってる。ただ、前身のバンドではピンのボーカルがいたらしいんだな。それがそのまま抜けたのがいまのtoldになっている。だからいい意味で真ん中が空いている音作りになっているのかもしれない」
    「それは聴いてみたいな。バンド名もシンプルでセンスが良いですね」
    「曲名もそうなんだ。おれが気に入っている曲は『Fall』という」
    「面白いですね。最近はSEO対策したブログ記事のタイトルみたいなバンド名や曲名が多いですから」
    「気負いがない、っていうのかな。それが、時として貧相になりがちなくっきりした定位をサラッとやってのけるのだと思う」
    「メロディは?」
    「控えめだな。キャッチーだけど、歌に背中を預けたポップソングではない」
    「オルタナ?」
    「うん、その類いだな。Fenderだっけか、低音も高音も鋭利な音だ。でも下手な展開や、賢しらぶった歌いまわしとか、気味の悪いポエムとか、そういった鼻につくような背伸びがない」
    「気負いがないんですね」
    「気負いがないんだな」
    「で、それがどうかしたんですか、toldが」
    「いや、あんたが骨のある若手がいないっていうからさ」
    「ああ、それで」
    「骨はあると思うぜ。ただ、養殖して服着せて儲けることはできねえかもしれねえな」
    「売れないですか?」
    「そんなタイプじゃない」
    「それでも構わないですよ。気負いすぎて縮こまった80点のバンドばかりですから」
    「その意味じゃ、toldは70点だな。でも全くテスト勉強はしていない」
    「それは必要に応じてこっちがさせるんです。勉強なんていらないと思っているバンドにしかシーンをつくるポテンシャルはありません」
    「威勢がよくなってきたな」
    「良いバンドの口コミですから。職業病かもしれません」
    「酒のおかげだろ。まあとにかく聴いてみることだな」
    『最近の若手バンドについての与太話』 を詳しく ≫
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