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RANDOM MUSICランダムおすすめ楽曲から音楽をみつける

  • ニューロマンサー

    おやすみホログラム

    ウィリアム・ギブスン! 近代的なダンスビートと、キッチュなメロディラインは、そのタイトルに相応しいSF的高揚感に満ちている。 "ありふれた感情の墓場って 全くこんな感じだって" クールに怪しく激走するイントロからのハスキーな歌い出しがむちゃくちゃ格好良い。 ワンコーラス終わった後、自由に展開しはじめる主旋律も、曲の混沌を深め、いい具合にリスナーを迷わせる。 工場?を舞台に撮

  • すなっちゃん・なっぽー

    BELLRING少女ハート

    キャッチーで甘いメロディ。切ないディストーションギター。 それをところどころで、破壊する楽曲構成がすごい。 なんと途中で急にジャズになってしまう。 そのジャズは、取ってつけたような感があるんだけど、取ってつけたような感こそが面白く思えるのはなぜだろう。 結局どこがサビなのかわからなかった。 舌っ足らずなユニゾンが醸し出す素人感。 最後は咳き込んで終わる。 『すなっちゃん・なっぽー

  • 猫とアレルギー

    きのこ帝国

    猫である。そしてきのこである。テレキャスである。 ある種の人間はそれだけで何かに気づく。 あ、これ好きなヤツだ。と。 中堅監督が駆け出しの頃、地味な俳優陣と低予算なロケでとったモノローグの多い邦画。 きのこ帝国の持つ叙情性と、それへの親近感を言葉にするとき私はそれを思い浮かべた。 『猫とアレルギー』は、理性的でしっとりとしたロックバラードだ。 Aメロからいい具合に抑揚がきいたメ

  • Summer Soul

    cero

    上質だ。これぞ真の音楽好きが真の音楽好きに自信をもってレコメンドできる最高に上質でソフィスティケートされたジャンル越境ポップロックミュージックだ。 ベースが良い。 超聴こえる。 ベースを聴かせるバンドは大抵良いバンドだ。 ドラムが良い。 タムで刻み、金物をキーボードのように聴かせるバンドは大抵良いバンドだ。 テクニカルなのに、編曲に嫌味がない。 こういうのをズルいと言う。

  • セツナ

    サニーデイ・サービス

    曽我部恵一は紛れもないミュージシャンズミュージシャンズだ。先輩後輩問わず他のバンドマンや評論家に、曽我部恵一という人間はあまりに讃えられている。愛されすぎて逆に胡散臭いくらいだ。 同業者に愛されるにはいくつか理由がある。人柄もそうだろう。しかしそれよりも鍵になるのは、同じプロであってもなかなかマネできない、マネしようとしない音楽をやっていることだ。 他のミュージシャンに出来なくて、曽我

RANDOM REVIEWランダムレビューから音楽をみつける

  • 曽我部恵一は紛れもないミュージシャンズミュージシャンズだ。先輩後輩問わず他のバンドマンや評論家に、曽我部恵一という人間はあまりに讃えられている。愛されすぎて逆に胡散臭いくらいだ。

    同業者に愛されるにはいくつか理由がある。人柄もそうだろう。しかしそれよりも鍵になるのは、同じプロであってもなかなかマネできない、マネしようとしない音楽をやっていることだ。

    他のミュージシャンに出来なくて、曽我部恵一にできる音楽ってなんだろうか。そのキーワードは、恥ずかしさ、だと私は思っている。

    恥ずかしい音楽にはいくつかある。プライベートな歌詞だったり、不器用で必死な歌声であったり、古臭い曲調だったり、子供っぽいソフトな曲調だったり、粗削りな演奏だったり。

    恥ずかしいことを人はやらない。恥ずかしいからだ。しかし、こと芸術となってくると、必ずしもそうは問屋がおろさなくなってくる。なぜなら、人間はひとの恥ずかしい一面というやつに心を動かされてしまう生き物だからだ。親友の打ち明け話。気になる人の普段は見せない表情。汗を流して働く人。体を張った芸人のコント。旅の恥はかき捨てと言うけれど、恥をかきたくなければ冒険をしなければ良い。人はなるべき恥をかかずに生きていく。しかし何かしらの表現を志し人の心を動かしたければ、表現のカッコよさを磨くだけでなく個々のできる範囲で、恥をかいていく必要がある。

    プライベートな歌詞だったり、不器用で必死な歌声であったり、古臭い曲調だったり、子供っぽいソフトな曲調だったり、粗削りな演奏だったり。

    曽我部恵一が讃えられるのは他のミュージシャンたちが、半ば反射的に隠してしまうこれらの恥を自然体のまま、聴ける音楽に昇華してしまうからだ。もちろんそれらを実現するには技術もいる。作曲、編曲、ボーカル、演奏で高度なバランス感覚を持ち、さじ加減を知る耳を持っている必要がある。とはいえ、生き様に裏付けられた彼の人間性がなにより、生身の恥ずかしさを、聴ける、ものとして存在させる。

    曽我部恵一の顔が村上春樹に似ていると思うのは私だけだろうか。エッセイやインタビューを読むと、村上春樹は村上春樹の小説の主人公のような生き方を本当にしていることがわかる。曽我部恵一も曽我部恵一の楽曲の主人公のような生き方を本当にしているからこそ、恥と表現が美しく繋がっているのだと思う。

    『セツナ』はいい曲過ぎる。アコギの鳴るミディアムでメロウな良曲は彼に多いが、それにしてもこの透明感は稀有だ。メロディは二パターンを機械的に繰り返す。シンプルな構成。コーラスでコンプがかったボーカルや淡々としたピアノも相まってドライな印象に拍車をかける。


    "夕暮れの街切り取ってピンクの呪文かける魔女たちの季節"


    しかし、言葉数の多い色気のあるメロディとちょっと"ピンク"でドキッとする歌詞にはむくむくとしたエネルギーが内包されていて、微熱のまま夢の中に誘うような強引さも備えた曲になっている。

    タワーレコードのインストアライブでこの曲を演奏している映像を見た。ベースの田中貴と二人編成のサニーデイ・サービスで、バリバリに歪ませたストラトキャスターを抱えて曽我部恵一はこの曲を絶叫していた。スタジオ音源の『セツナ』の洗練に抗うようだった。違和感が無かったことは驚きではない。表現を変えても取り払えない、曽我部恵一の、聴ける、恥があるからこそだと思う。

    MVのヒロインは廣田朋菜という方だそう。映像部隊が優秀なのだろう。彼らの映像コンテンツはいつも良い。だけど今回は特に良い。
    『恥と洗練と同業者』 を詳しく ≫
  • ウィリアム・ギブスン!

    近代的なダンスビートと、キッチュなメロディラインは、そのタイトルに相応しいSF的高揚感に満ちている。

    "ありふれた感情の墓場って
    全くこんな感じだって"

    クールに怪しく激走するイントロからのハスキーな歌い出しがむちゃくちゃ格好良い。
    ワンコーラス終わった後、自由に展開しはじめる主旋律も、曲の混沌を深め、いい具合にリスナーを迷わせる。
    工場?を舞台に撮影されたMVは、コンセプチュアルで美しい。
    金髪とパステルカラーのロリータ衣装は、もはやサブカルアイドルの意匠である。


    この世界観は、いわゆる、地下アイドルで無ければ出せない。
    やはり清楚であっては良くないし、黒髪であっては良くない。
    シンガーソングライターやバンドがやっても、エゴイスティックになってしまい、ポップにならない。

    エゴイスティックになってしまい、ポップにならない。
    エゴを廃し、ポップにする。そう、アイドルの役割はここにあるのだと思う。

    インタビュー系音楽雑誌をかすめる程度に読めば分かるが、この国の音楽は創りての人生のストーリーに創作物を引きつけすぎである。曰く、「このシングルは、もう後ろを振り返らないで音楽を続けてくぞ、といううちらの決意です。あえて前向きな歌詞をつくりました」「長いトンネルの中にいました。この曲ができることで次に進めるようになった気がします。大切な曲です」「過去の自分達を乗り越えるためにはこのアルバムをつくることが必要でした」


    私が聴きたいのは音楽であり、あなたの自伝を彩るBGMじゃないことに気づいて欲しい。

    アイドルには、その生臭さがないから良い。良い曲は良いし、楽しい曲は楽しい。作詞作曲者がどんな苦難を乗り越えてどんな人生を歩んでようが、アイドルに曲を提供した時点で、それはただの音に変わる。

    私たちはただの音が聴きたい。

    そういう意味で、アイドルの役割は、エゴを廃し、ポップにすることなのだ。
    アイドルに癒やされるという声をよく聞くが、考えてみればそれは必ずしも天使のようなルックスや、愛くるしいキャラクターに癒やされているのではないのだと思う。
    何より、エゴの付きまとう現実世界と自分自身に、時として、薬品のようにクリアに成分調整されたアイドルは染みるのだ。

    それはとても人工的な癒やしだ。電子ビート、そして『ニューロマンサー』が証明した、SFとの愛称の良さは、アイドルのそんな特質とも関係するのかもしれない。
    『アイドルとSF』 を詳しく ≫
  • 猫である。そしてきのこである。テレキャスである。
    ある種の人間はそれだけで何かに気づく。
    あ、これ好きなヤツだ。と。

    中堅監督が駆け出しの頃、地味な俳優陣と低予算なロケでとったモノローグの多い邦画。
    きのこ帝国の持つ叙情性と、それへの親近感を言葉にするとき私はそれを思い浮かべた。
    『猫とアレルギー』は、理性的でしっとりとしたロックバラードだ。

    Aメロからいい具合に抑揚がきいたメロディが続く。
    コロコロとしたエレピと、スカスカ故に相対的に浮き出てくるベースライン。
    白玉ギターと乾いたドラム。クールなボーカル。彩るのはカラフルというよりはクリアーなストリングス。

    歌詞は大事。
    影のある美女が書く切ないラブソングは、間違いなくきのこ帝国の最大の強みだ。
    "話せなくていい 会えなくてもいい"
    テレキャス美女が恋の喜びを歌っていたらまた話は違っていたと思う。
    オルタナやシューゲイズ寄りのストイックなポジションを確立しているが、
    テイストとしては、奥華子やAiko、あるいはサンボマスターのような報われなさへの憧憬と世界観が、その広範な人気に大きく寄与していると思う。

    アウトロのギターソロで骨のあるところを見せる。『東京』ライクだ。
    それでも可憐ではある。その点、良きも悪きも田渕ひさ子とは違う。

    きのこ帝国のようなバンドがスマートにシェアを獲得しているところに、時代の変化、邦楽ロックというやつの成熟を感じる。ついてくるファンに恵まれていると思う。

    インディーズ時代からの変化を嘆くファンもいるようだ。
    しかし、個人的にはそう変わっていないと思う。
    オルタナティブな音使いは、彼らにとって本質ではなくて、むしろ外殻だっただろう。
    シーンでけちょんけちょんにされないための。

    あとで知ったことだが、ボーカル&ギターの佐藤千亜妃は女優だったらしい。
    低予算な邦画を想起させる佇まいは、印象としてはそう間違ってもいなかったようだ。
    『猫とテレキャスと邦楽ロックの成熟』 を詳しく ≫
  • 上質だ。これぞ真の音楽好きが真の音楽好きに自信をもってレコメンドできる最高に上質でソフィスティケートされたジャンル越境ポップロックミュージックだ。

    ベースが良い。
    超聴こえる。
    ベースを聴かせるバンドは大抵良いバンドだ。
    ドラムが良い。
    タムで刻み、金物をキーボードのように聴かせるバンドは大抵良いバンドだ。
    テクニカルなのに、編曲に嫌味がない。
    こういうのをズルいと言う。

    アートワークを見ろ。ホームページを見ろ。
    ハイセンスってのは信仰なんだ。

    考えてみたい。
    ceroの良さってなんだろうか。
    わかっている。言うまでもなくこのテキストスペースはそのために存在する。
    しかし、あらためて、音楽が良いってなんだろうか、と考えてしまいたくなる何かがceroにはある。

    相撲取りは強ければ横綱になれる。
    しかし、ポップミュージックの世界では、そうはいかない。
    つよさ以外に、かっこよさやかしこさやすばやさやぼうぎょやHPやMPが必要であり、その総合力が大衆の支持を決定づける。

    ルックスが良いとか、組手が斬新だとか、ブログが面白いとか、インタビューでの知的な振る舞いとか、炎上耐性があるとか、そんなことは相撲取りの収入には関係ない。
    しかしバンドマンの収入には関係してくるのだ。

    結論から言えば、ceroはそんな他のステータスを無視して、強さだけで横綱になってしまった珍しいバンドなのではないか、と考えている。


    強さとは、音だ。簡単に言えば、リズムとハーモニーの構築力と再現力だ。
    イデオロギーはない。ルックスもキャラクターも地味だ。キラキラした男の子たちでもない。メロディは突出しない。そんなceroが備えていたものは、難攻不落な演奏技術、構築技術、音の算術技術、気持ちよさに強振されたセンスだ。
    つまり、音楽的強さのみでceroは横綱の座を掴み取ったのだ。

    「ceroいいよ」
    偉い人も、新しい音楽を気にしてるただの友人たちも、揃いも揃ってそう言い始めた。
    正直な話、偉い人のすすめる音楽や、新しい音楽ばかり気にしてる人が選ぶ音楽に私はいつも辟易している。音楽は進歩するが、進歩させるものではない。ずっと昔からそこにあって、ずっと昔からすでに美しかったものだからだ。

    とはいえ、私もceroを聴いてみた。
    その結果がこれである。
    『気持ちよさに強振されたセンス』 を詳しく ≫

NEW MUSIC最新のおすすめ楽曲から音楽をみつける

  • セツナ

    サニーデイ・サービス

    曽我部恵一は紛れもないミュージシャンズミュージシャンズだ。先輩後輩問わず他のバンドマンや評論家に、曽我部恵一という人間はあまりに讃えられている。愛されすぎて逆に胡散臭いくらいだ。 同業者に愛されるにはいくつか理由がある。人柄もそうだろう。しかしそれよりも鍵になるのは、同じプロであってもなかなかマネできない、マネしようとしない音楽をやっていることだ。 他のミュージシャンに出来なくて、曽我

  • すなっちゃん・なっぽー

    BELLRING少女ハート

    キャッチーで甘いメロディ。切ないディストーションギター。 それをところどころで、破壊する楽曲構成がすごい。 なんと途中で急にジャズになってしまう。 そのジャズは、取ってつけたような感があるんだけど、取ってつけたような感こそが面白く思えるのはなぜだろう。 結局どこがサビなのかわからなかった。 舌っ足らずなユニゾンが醸し出す素人感。 最後は咳き込んで終わる。 『すなっちゃん・なっぽー

  • ニューロマンサー

    おやすみホログラム

    ウィリアム・ギブスン! 近代的なダンスビートと、キッチュなメロディラインは、そのタイトルに相応しいSF的高揚感に満ちている。 "ありふれた感情の墓場って 全くこんな感じだって" クールに怪しく激走するイントロからのハスキーな歌い出しがむちゃくちゃ格好良い。 ワンコーラス終わった後、自由に展開しはじめる主旋律も、曲の混沌を深め、いい具合にリスナーを迷わせる。 工場?を舞台に撮

  • 猫とアレルギー

    きのこ帝国

    猫である。そしてきのこである。テレキャスである。 ある種の人間はそれだけで何かに気づく。 あ、これ好きなヤツだ。と。 中堅監督が駆け出しの頃、地味な俳優陣と低予算なロケでとったモノローグの多い邦画。 きのこ帝国の持つ叙情性と、それへの親近感を言葉にするとき私はそれを思い浮かべた。 『猫とアレルギー』は、理性的でしっとりとしたロックバラードだ。 Aメロからいい具合に抑揚がきいたメ

  • Summer Soul

    cero

    上質だ。これぞ真の音楽好きが真の音楽好きに自信をもってレコメンドできる最高に上質でソフィスティケートされたジャンル越境ポップロックミュージックだ。 ベースが良い。 超聴こえる。 ベースを聴かせるバンドは大抵良いバンドだ。 ドラムが良い。 タムで刻み、金物をキーボードのように聴かせるバンドは大抵良いバンドだ。 テクニカルなのに、編曲に嫌味がない。 こういうのをズルいと言う。

NEW REVIEW最新レビューから音楽をみつける

  • 曽我部恵一は紛れもないミュージシャンズミュージシャンズだ。先輩後輩問わず他のバンドマンや評論家に、曽我部恵一という人間はあまりに讃えられている。愛されすぎて逆に胡散臭いくらいだ。

    同業者に愛されるにはいくつか理由がある。人柄もそうだろう。しかしそれよりも鍵になるのは、同じプロであってもなかなかマネできない、マネしようとしない音楽をやっていることだ。

    他のミュージシャンに出来なくて、曽我部恵一にできる音楽ってなんだろうか。そのキーワードは、恥ずかしさ、だと私は思っている。

    恥ずかしい音楽にはいくつかある。プライベートな歌詞だったり、不器用で必死な歌声であったり、古臭い曲調だったり、子供っぽいソフトな曲調だったり、粗削りな演奏だったり。

    恥ずかしいことを人はやらない。恥ずかしいからだ。しかし、こと芸術となってくると、必ずしもそうは問屋がおろさなくなってくる。なぜなら、人間はひとの恥ずかしい一面というやつに心を動かされてしまう生き物だからだ。親友の打ち明け話。気になる人の普段は見せない表情。汗を流して働く人。体を張った芸人のコント。旅の恥はかき捨てと言うけれど、恥をかきたくなければ冒険をしなければ良い。人はなるべき恥をかかずに生きていく。しかし何かしらの表現を志し人の心を動かしたければ、表現のカッコよさを磨くだけでなく個々のできる範囲で、恥をかいていく必要がある。

    プライベートな歌詞だったり、不器用で必死な歌声であったり、古臭い曲調だったり、子供っぽいソフトな曲調だったり、粗削りな演奏だったり。

    曽我部恵一が讃えられるのは他のミュージシャンたちが、半ば反射的に隠してしまうこれらの恥を自然体のまま、聴ける音楽に昇華してしまうからだ。もちろんそれらを実現するには技術もいる。作曲、編曲、ボーカル、演奏で高度なバランス感覚を持ち、さじ加減を知る耳を持っている必要がある。とはいえ、生き様に裏付けられた彼の人間性がなにより、生身の恥ずかしさを、聴ける、ものとして存在させる。

    曽我部恵一の顔が村上春樹に似ていると思うのは私だけだろうか。エッセイやインタビューを読むと、村上春樹は村上春樹の小説の主人公のような生き方を本当にしていることがわかる。曽我部恵一も曽我部恵一の楽曲の主人公のような生き方を本当にしているからこそ、恥と表現が美しく繋がっているのだと思う。

    『セツナ』はいい曲過ぎる。アコギの鳴るミディアムでメロウな良曲は彼に多いが、それにしてもこの透明感は稀有だ。メロディは二パターンを機械的に繰り返す。シンプルな構成。コーラスでコンプがかったボーカルや淡々としたピアノも相まってドライな印象に拍車をかける。


    "夕暮れの街切り取ってピンクの呪文かける魔女たちの季節"


    しかし、言葉数の多い色気のあるメロディとちょっと"ピンク"でドキッとする歌詞にはむくむくとしたエネルギーが内包されていて、微熱のまま夢の中に誘うような強引さも備えた曲になっている。

    タワーレコードのインストアライブでこの曲を演奏している映像を見た。ベースの田中貴と二人編成のサニーデイ・サービスで、バリバリに歪ませたストラトキャスターを抱えて曽我部恵一はこの曲を絶叫していた。スタジオ音源の『セツナ』の洗練に抗うようだった。違和感が無かったことは驚きではない。表現を変えても取り払えない、曽我部恵一の、聴ける、恥があるからこそだと思う。

    MVのヒロインは廣田朋菜という方だそう。映像部隊が優秀なのだろう。彼らの映像コンテンツはいつも良い。だけど今回は特に良い。
    『恥と洗練と同業者』 を詳しく ≫
  • キャッチーで甘いメロディ。切ないディストーションギター。
    それをところどころで、破壊する楽曲構成がすごい。
    なんと途中で急にジャズになってしまう。
    そのジャズは、取ってつけたような感があるんだけど、取ってつけたような感こそが面白く思えるのはなぜだろう。
    結局どこがサビなのかわからなかった。
    舌っ足らずなユニゾンが醸し出す素人感。
    最後は咳き込んで終わる。

    『すなっちゃん・なっぽー』。Snatch an Apple。ペンパイナッポーアッポーペンを先取りしたようなタイトルだ。
    結論としては、耳に残る良い曲だ。なぜ良いのかは分からない。

    MVも尖っている。
    富士山?をバックにした広大な空き地に、ひぐらしの鳴き声がサンプリングされている。
    曲のイメージと見事にフィットしていない。
    とりあえず楽器を弾いてアーティストぶるアイドルへの皮肉ともとれる、これ見よがしなあてふりバンド演奏。
    ギャグではなくシュール。
    アイドルにありがちなほっこりした笑いに背を向ける。

    残念なことにBELLRING少女ハートは今年いっぱいで活動を休止する。
    朝倉みずほは卒業、柳沢あやのは卒業し、ソロ活動に移行するのだ。
    朝倉みずほがブログで次のように言っていた。

    "私はね、ベルハーは
    衣装と曲があればベルハーだど思ってます"

    アイドル当の本人としては、ひどく冷静な認識だ。
    これはある意味で正しいが、ある意味で間違っている。

    先述したようにBELLRING少女ハートの初見でまず印象づけられるのが、一筋縄ではいかない魅力を持つ楽曲だ。
    そして、「漆黒のセーラー服と異形の羽」という統一感のある衣装。
    着ている人間が変わってもグループが変わらないのは、過去のたくさんのメンバー離脱が物語っている。
    運営の田中紘治はすでに新メンバーの採用に動いているらしい。

    しかし、朝倉みずほには朝倉みずほの物語がある。
    "私はね、ベルハーは
    衣装と曲があればベルハーだど思ってます"
    こんな認識をさらっと持ててしまうメンバーを抱えていることはBELLRING少女ハートのアイデンティティだ。
    そういう意味で、衣装と曲のみならず、朝倉みずほはベルハーの強力な武器だった。


    『すなっちゃん・なっぽー』は実は歌詞も良い。

    "瞳に泳ぐ ふらちな季節

    くたびれた その横顔が
    ずるく Snatch an Apple
    奪い去るように手をつないでくれた
    放課後を追われるように
    胸騒ぎ 季節はずれの林檎ひとかじり"

    ふらちな季節は胸騒ぎではじまる。
    しかし、ドタバタと曲が展開した後の、静かなエンディングは次のように迎える。

    "奪い去るようにつないでくれた手で
    成熟へ追われたんだ
    明け方に 涙の味で林檎ひとかじり

    瞳に泳ぐ つめたい空"

    フリーダムな曲とシュールなMVで、堅牢に、歌詞の感傷は隠されている。
    成熟へ終われ、明け方に、涙、つめたい空。
    歌い出しとのコントラストを意識すれば、作詞家、空五倍子のセンスにも気づける。
    ちなみに空五倍子は田中紘治の別名らしい。紛らわしいな。
    『ジャズとアイドルは取ってつけろ』 を詳しく ≫
  • ウィリアム・ギブスン!

    近代的なダンスビートと、キッチュなメロディラインは、そのタイトルに相応しいSF的高揚感に満ちている。

    "ありふれた感情の墓場って
    全くこんな感じだって"

    クールに怪しく激走するイントロからのハスキーな歌い出しがむちゃくちゃ格好良い。
    ワンコーラス終わった後、自由に展開しはじめる主旋律も、曲の混沌を深め、いい具合にリスナーを迷わせる。
    工場?を舞台に撮影されたMVは、コンセプチュアルで美しい。
    金髪とパステルカラーのロリータ衣装は、もはやサブカルアイドルの意匠である。


    この世界観は、いわゆる、地下アイドルで無ければ出せない。
    やはり清楚であっては良くないし、黒髪であっては良くない。
    シンガーソングライターやバンドがやっても、エゴイスティックになってしまい、ポップにならない。

    エゴイスティックになってしまい、ポップにならない。
    エゴを廃し、ポップにする。そう、アイドルの役割はここにあるのだと思う。

    インタビュー系音楽雑誌をかすめる程度に読めば分かるが、この国の音楽は創りての人生のストーリーに創作物を引きつけすぎである。曰く、「このシングルは、もう後ろを振り返らないで音楽を続けてくぞ、といううちらの決意です。あえて前向きな歌詞をつくりました」「長いトンネルの中にいました。この曲ができることで次に進めるようになった気がします。大切な曲です」「過去の自分達を乗り越えるためにはこのアルバムをつくることが必要でした」


    私が聴きたいのは音楽であり、あなたの自伝を彩るBGMじゃないことに気づいて欲しい。

    アイドルには、その生臭さがないから良い。良い曲は良いし、楽しい曲は楽しい。作詞作曲者がどんな苦難を乗り越えてどんな人生を歩んでようが、アイドルに曲を提供した時点で、それはただの音に変わる。

    私たちはただの音が聴きたい。

    そういう意味で、アイドルの役割は、エゴを廃し、ポップにすることなのだ。
    アイドルに癒やされるという声をよく聞くが、考えてみればそれは必ずしも天使のようなルックスや、愛くるしいキャラクターに癒やされているのではないのだと思う。
    何より、エゴの付きまとう現実世界と自分自身に、時として、薬品のようにクリアに成分調整されたアイドルは染みるのだ。

    それはとても人工的な癒やしだ。電子ビート、そして『ニューロマンサー』が証明した、SFとの愛称の良さは、アイドルのそんな特質とも関係するのかもしれない。
    『アイドルとSF』 を詳しく ≫
  • 猫である。そしてきのこである。テレキャスである。
    ある種の人間はそれだけで何かに気づく。
    あ、これ好きなヤツだ。と。

    中堅監督が駆け出しの頃、地味な俳優陣と低予算なロケでとったモノローグの多い邦画。
    きのこ帝国の持つ叙情性と、それへの親近感を言葉にするとき私はそれを思い浮かべた。
    『猫とアレルギー』は、理性的でしっとりとしたロックバラードだ。

    Aメロからいい具合に抑揚がきいたメロディが続く。
    コロコロとしたエレピと、スカスカ故に相対的に浮き出てくるベースライン。
    白玉ギターと乾いたドラム。クールなボーカル。彩るのはカラフルというよりはクリアーなストリングス。

    歌詞は大事。
    影のある美女が書く切ないラブソングは、間違いなくきのこ帝国の最大の強みだ。
    "話せなくていい 会えなくてもいい"
    テレキャス美女が恋の喜びを歌っていたらまた話は違っていたと思う。
    オルタナやシューゲイズ寄りのストイックなポジションを確立しているが、
    テイストとしては、奥華子やAiko、あるいはサンボマスターのような報われなさへの憧憬と世界観が、その広範な人気に大きく寄与していると思う。

    アウトロのギターソロで骨のあるところを見せる。『東京』ライクだ。
    それでも可憐ではある。その点、良きも悪きも田渕ひさ子とは違う。

    きのこ帝国のようなバンドがスマートにシェアを獲得しているところに、時代の変化、邦楽ロックというやつの成熟を感じる。ついてくるファンに恵まれていると思う。

    インディーズ時代からの変化を嘆くファンもいるようだ。
    しかし、個人的にはそう変わっていないと思う。
    オルタナティブな音使いは、彼らにとって本質ではなくて、むしろ外殻だっただろう。
    シーンでけちょんけちょんにされないための。

    あとで知ったことだが、ボーカル&ギターの佐藤千亜妃は女優だったらしい。
    低予算な邦画を想起させる佇まいは、印象としてはそう間違ってもいなかったようだ。
    『猫とテレキャスと邦楽ロックの成熟』 を詳しく ≫
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